【幕間Ⅳ】 聖地つくりますニャ

─── アルフォンスが激辛テロで気絶し、意識を取り戻す少し前の事


 はい、どうも、私は赤豹族の娘ユニなの。


 アル様は式中、ずっとグッタリしてました。

 突然の事で驚いちゃったのかな?

 口からブクブク垂れてた緑色の汁は、何だったんだろう……。


─── ダメよユニ、今はそんな事よりも、緊急嫁会議です!


 お姉ちゃんと私は、ソフィアさんとティフォ様に呼ばれて、今後のお話し合いをしようとしているの。


「これで……あたし達も、アル様のもの。あたし達は一夫多妻が普通だが、ソフィアさんとティフォ様は……大丈夫なのか……。

その……邪魔では、ないだろうか……?」


 うん、お爺様達がどんどん進めちゃって、私達もそれに乗っちゃったけど……。

 確かにそれも心配だなぁ。


─── だってソフィアさんも、ティフォ様もお二人共、アル様と凄く仲が良くて、信じ合ってるもん


「ふふふ、邪魔だなんて、思っていませんよ。アルくんの事を大切に思ってる女の子が、これで四人になったんですよ?」


「ん。どっちかゆーと、オニイチャが、テンパる大」


「あ、私もそう思うの! アル様、私達とは一線を置いておこうとしてましたもん。

きっとお二人を愛しているから、裏切らないって……いえ、私が全く目に入ってなかったって可能性も大いにあるんですけどね……うぅ」


 あ、なんか急に不安になっちゃったの。

 隣でお姉ちゃんも、尻尾をだらんと下げちゃって……。


「ん、それはない。オニイチャ、超、ほんのーに、あらがってた。ふたりのあざとい技、足にキテた」


「ふふふ、そうですね〜。私達がアルくんと告白し合ってから、余計に無駄な努力をしてた気がします。

……ハァ、そうやって愛を貫こうとする所とか、もう何というか……尊い!」


 へぇ〜そうなんだ、そうなんだ! 二人は告白し合ったんだ⁉︎

 きゃ〜っ、恋愛結婚ってやつなの! ふにゃあ〜!


「え、えと、告白し合ったって、ど、どちらからですニャ? どどど、何処までお二人は進んでるんですかニャ?」


「こらユニ、地が出てる! 『媚びてんな派』の耳に入ったらどうするの!」


「はーわわわわ、ごめんなさいお姉ちゃん、つい興奮しちゃったニャ……んだもん!

で、でで、どうなんですかニャ?」


 アル様もソフィアさんも、大人っぽいもんなぁ、私だってアル様とは一歳しか違わないけど、人間って進んでるって言うし……。

 きっとあんな事や、こんな事……そんでもってアレがナニの何結びなんでしょう、きっと。


「もう、ユニちゃんたら……///

私はその……5歳の頃にプロポーズして、そっから離れ離れでしたけどね。

十年振りに再会して、何度か、き、キスしたり、この間は彼から『好きだ』って、むぽぅッ! ほうッ☆」


 ふわあぁ、ソフィアさんが口から変な音を出して、悶えてます! 上半身がびょんびょんしちゃってます……ッ!


「き、きき、キスか……どんなあじ……いや、どどど、どんな気分だだだったんだにゃ⁉︎」


「お姉ちゃん、めっ、地が出てるニャ!」


 地だけでなく鼻血も出てるけど……お姉ちゃん、男の子の前ではダメっダメだったからなぁ。


「ティ、ティフォ様は……⁉︎ ティフォ様はど、どんな感じに、アル様と……?」


「ん? 最初は、オニイチャの血を舐めて」


「「血を舐めて⁉︎」」


「せーじんした日に、おそって、たねつけ」


「「襲って種付け⁉︎」」


「迷宮のみっしつで、告白して、べろちゅー」


「「密室でべろちゅー⁉︎」」


「この前、ソフィごと愛するって、はじめて、オニイチャから、べろちゅー」


「「ファーーーッ!」」


 なんかもう、大慌てで毛づくろいしたくなって来ました……あ、お姉ちゃんは、もうやってる。


「そそそ、そんな進んでるみなさんの中に、私たち……やっぱりお邪魔じゃ……」


「「ないない」」


「……私の好きなアルくんですよ? 何度も私たちで攻め攻めにしてたのに、私達の事だけ考えて、ただ大事にしようとしてくれた彼ですよ?

……ふたりのプッシュに、彼は無責任な事なんて、一度たりともしてあないでしょう?」


 確かにアル様は、お姉ちゃんのおっぱいプレスも、私の尻尾巻きつけにも、顔真っ赤にして耐えてたなぁ。

 ……あれ? 顔真っ赤? 効いてたんだ!


「迷惑だったら、置いて行ってますよ、彼なら。……貴女がたや、獣人の未来を見据えて、ふたりを受け入れていたんですもん」


「…………でも、それってあたし達を女の子として見てないって事じゃ……」


「だいじょぶ、オニイチャは、ちゃんと、二人によくじょーしてたよ? においで、わかる。

オニイチャのじょーしきは、小さな里で読んできた、少しの本のじょーしき。

─── たくさんの女、はべらすのは、むせきにん。

今は、そー思ってるけど、あたしのオニイチャをなめないで。だーは、けっこーやわらか頭」


 わぁ、やっぱりお二人とも、すごくアル様の事、分かってるんだぁ〜。

 そうだよね、雄たるもの、ガンガン種付ける、それが雄なの!


「そろそろ、アルくんも眼を覚ます頃じゃないですかね。その後、ちゃんとお話すれば大丈夫ですよ?

彼はきっと、貴女たちの事も真摯に考えているはずですから。まぁ、族長さんの命が心配ですが……ふふふ♪」


「…………え? 族長? お爺様が何か─── 」



─── ぎゃああああ……お、落ち着けアル!



「あら、まずガストンがとばっちりですかね☆

またイソギンチャクにされなければいいんですけど、くぷぷぷ」


 窓から外を見ると、お爺様とガストンさんが、アイアンクロー掛けられたまま、膝をついてる!


「……なっ! アル様は御乱心か⁉︎」


「ん? 族長、オニイチャに辛子ぶっ込んで、気絶させよったんよ? ありゃあ、しゅらばたい」


「お、お爺様ッ─── 」


 お姉ちゃんが飛び出して、ドアを開けると、それを追いかけた私と二人、立ち尽くしました。

 うちの一族の戦士たちが、アル様の触手にぽいぽい、紙切れのように投げられてます。


「─── しばらく、放っておきましょうね。今たぶん、一番ホットな時ですから☆」


 そう言ってソフィアさんが、私たちを部屋に押し戻して、隠すように扉を締めた……。


「……道理で、式の間、アル様が傾いてると思ったら……。お爺様の策略だったのか……⁉︎」


「うぅ……。やっぱりアル様、イヤだったんだ! 私たちを押し付けられて、イヤだったんだ!」


 悲しくて悲しくて、私は思わずお姉ちゃんに顔を埋めて、泣きました。

 お姉ちゃんも、私を抱きしめて泣きました。



─── では、直接聞いてきますよ?



 ソフィアさんの、すごく優しい声がした。


「彼も言ってました。ちゃんと気持ちを話し合わないと、つけなくていい傷をつけ合ってしまうって。

彼が貴女たちをどう思ってるのか、私が聞きますから、ふたりは隠れて聞いていて下さい……ね?」


 ソフィアさんって、何者なんだろう……。

 ティフォ様は、私たちの魂を掌握する『全怪物の王』─── 神様だ。


 ソフィアさんの事は、何も聞いてないけど、今のこの人の笑顔は、世界の全てを平穏にしてしまうんじゃないかって……


─── 女神様に、優しく頭を撫でられてるみたいな、絶対の安心感がある


 ティフォ様は、私たちの背中をさすりながら、いつものジト目を微笑みに変えた。


─── ソフィに任せとけ、あれはやり手だ


 台詞はあんまりだけど、ティフォ様の微笑みは、信じられないくらい綺麗で見惚れてしまったの。

 そしてお二人は、アル様の元へと行ってしまった。


 私たちも足音を忍ばせて、アル様の元へ。


 途中、片足で逆さ吊りになったお爺様とガストンさんが、何か言いたげな顔で揺れていましたが、それどころじゃあないの。

 木の精霊でも見た事にして、その場を通り過ぎました。


─── そして、私たちはアル様の誠実さに触れ、彼の方をもっともっっと好きになりました!




 ※ ※ ※




「─── いや、あの……ここ一人部屋……」


 そう言って、ベッドから身を起こそうとしたアル様を、あたしは首に手を回して寝かせた。

  反対側はユニが同じように押さえてる。


─── 完璧な布陣だ


 ペイトン翁の水龍船は、すぐに北部の川港に着いてしまった。

 まだ夕方だったが、酒好きなペイトン翁に握らせて、出航を明日に伸ばしてもらってある。


 ここでお別れしたら、もうアル様はこの先の国々へと、旅立ってしまう。

 あたし達だって、アケルの獣人族を回って、魔導印を普及して回らなければならない。


─── 次に会えるのは、どれ程先か……


 ティフォ様とソフィアさんは仰られた。


─── 抜け駆け無しのラインを保って、証をもらって置け、ただし、抜け駆けは死罪


 先日発足した『黒髑髏どくろ御嫁四人組』の会議で、この指令は下された。

 何とも、密林を大騒ぎしながら暴走して駆け回る、狩猟豹族の珍走団が好みそうな響きだが、そんな事はどうだっていい。


 抜け駆け無し……お二人の進んだステージまでならOK。


─── つまり……べ、べろちゅーだにゃん!


 おっといけない、落ち着けあたし。

 あたしは赤豹族きっての戦士だ……。

 婚約者として、離れていても、心にアル様を強く抱いていたい。

 その証をもらえるのは、もう今夜だけだ。


 ……となると、答えはひとつ。


─── 有り体に言って、夜這いだ


 あたしたちは、ネコ科獣人、壁の向こうの寝息を聞いて忍び足など朝飯前にゃん!


「アル様……私たち、婚約しちゃったんです……よね?」


「う……うん、そ、そうだな」


 おお、流石は我が妹、ギリギリ顔が視界に入る距離からの上目遣い。

 そして敢えての関係性の確認……手練れだ。


「あ、あたしは、アル様との、こ、婚約はその……す、すごく……う、嬉しい……にゃん……」


「─── にゃん……?」


「あっ、は、あうぅ……か、噛んだだけだ!

語尾に『にゃん』だのと、そんな下卑たことは、あたしたちはしないにゃん!」


 み、耳が熱い! なぜあたしの耳は、こんなに保温性の高い毛質なんだ⁉︎

 そう自分の耳を呪って、思わず耳に意識を向けたら、耳をアル様の腕にペシっと当ててしまった。


「くッ……⁉︎」


 おろ? アル様があたしの耳を見て、顔を赤らめて……これはアリなんだにゃんッ⁉


「ねぇ……アル様ぁ。明日、お別れしたら、しばらく会えないんですよ……ね……」


「あ、ああ。でも、目的の場所までは、もういくつか国を越えるだけだし……そ、そんなには待たせないと……思う」


「そう……なの……?」


 くあ〜ッ! うまいぞ妹よ! また当たり前の事を言って、むしろアル様の心に焦りを生んだ⁉︎

 な、なんてメス猫テクニック……!


「嬉しい! でも、急がないで下さいで欲しいの。それでアル様がケガでもしたら、私……ムニュ」


「う……ッ」


「あ、やだ。私ったら、アル様に無い胸を押し付けちゃったの……///

……どうして、お姉ちゃんみたいに、おっきくならなかったのかなぁ……なの(チラッ)」


 おお、狼狽うろたえてる狼狽えてる! アル様が初めて狩に出る少年の如く、狼狽えてる!


「……お姉ちゃんくらい、おっきい方が、いいです……よね……なの」


 ……ナイスアシストだ、妹よ。

 後でガグナグホンマグロを買ってやろう。

 高いけど美味しいニャン、あれ、美味しいニャン!



─── ボヨン……ッ



「ぬぐぅ……リッシュ!」


「「リッシュ?」」


「い、いや何でもない! ちょっと取り乱しちゃって……そ、その……いや、んん……」


 か、可愛い〜ん……

 なんだこの可愛い生き物はッ‼︎


─── これがソフィアさんの言っていた『』か!


 アル様だって男の子だったんだにゃん☆


「すぅー……。お、俺だってさ、男なんだぜ?

そ、そんなにベッドの中で、可愛い子ふたりに、か、体を押し付けられたら……さぁ」


「……押し付けぇ……られたら……?」


 ここでウィスパーボイス……いかん、さっきから妹に学ばされてばかりだ。

 姉として負けてはいられん!


「ま、間違いを……ッ⁉︎」



─── ポヨポヨ……ムギュウッ!



「「間違いじゃ……ない」」


「……ふぐぬぅクスッ!」


 アル様が言語を見失い始めたようだ……。

 そろそろ落とし所……か!

 ユニと眼を合わせ、頷き合う。


─── いくわよ! メス猫おねだりXエックス


「アル様……あたしを可愛いって言った……。

そんな事、男に言われたのは……はじめて……。

このままじゃ、離れるのが……つらくなる」


「ねぇ、アル様。……私たちに『証』をくださいなの。婚約者として、まっていられる、あったかい証を……」


 アル様からごくん、と喉を鳴らす音がした。

 いかん、この愛おしさ、ただ事じゃない!


「あ……証? な、何をあげれば……いい?」


「「……キスしてほしい……にゃん……」」



 散々ハードルを上げておいて、手軽な所に落とし所を作り、そこへ誘う。

 普段なら高いハードルのはずが『アレ? それでいいのん?』と、感覚を麻痺させる交渉術─── それがメス猫おねだりX!


 き、きまった! 

 彼が我に返らぬよう、そっと上体を起こし、アル様の眼を軽く見つめて……あたしは



─── ちゅっ、ちゅ……はむっ…



 …………忘れてた。

 人生最大級の集中で、すっかり忘れていた。


 あ、あたし初めてのキス……にゃん……。

 うーっ、胸が痛いくらいドキドキして、頭に血が回らない……っ !

 出来るだけゆっくり、顔を離す


「ほぅ……あっ……(ドキドキドキドキ)」


 少し切なげなアル様の眼が、離れ際に見えて、離した唇を思わずまた重ねてしまった。


─── は、はしたないと思われないだろうか……


「んー、お姉ちゃん。ずるいよぅ……」


 我を忘れて求め合っている内に、時がどれだけ進んだのかすら、分からなくなってしまった。

 あたしは体を起こして、ぺたんと座ったまま、惚けている事しか出来なかった。

 ふと、自分の唇に指を当ててみる。


─── 熱を持って潤んだ、確かなこの人の痕跡


 あたしが離れた後、しばらくアル様の首元に顔を埋めていたユニも、熱っぽい瞳でアル様を覗き込んだ。



─── ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅぷ……



 ま、間近で見てしまった……。

 あたしはさっきまで、あんなにうらやましー事を自分でしていたのか……⁉︎


 今なら先輩二人の言葉の意味が分かる、この湧き上がる自信は、証あっての事だ!


 ……それに、ちょっとはしたないが、ティフォ様の仰っていた『オニイチャから』の言葉の意味も理解した。

 こんなん、アル様から求められたら……あたしはもう、その土地を聖地として、永久に暮らしてもいい……。


─── いや、聖地にするまで頑張るであろう!


 これはかなり先のステージだろうか……。

 いや、しかし、本当の気持ちを言い合ってこそだとも、先輩方は言っていた。


 南部赤豹族の戦士エリン、参る─── !


「アル様……あたしの初めてが……その、恥ずかしいが貴方でよかった。

……でも、もうひとつだけ、待っていられるために、力が欲しいんだ……その……

─── もう一度、貴方からしてくれないか……しら」


 彼が身を起こして、ジッと見つめながら、小さく首を傾けた。

 それが『いいんだな?』だと理解して、あたしは頷いて眼を閉じた。


 沈み込むベッドの揺れ、そして愛しい人の匂いが近づく……



─── はい、聖地作りますニャ



 獣人族をまとめ上げて、千年王国作りますニャよ、貴方の為に……!


 これ程やる気に燃えたのは、今までの人生にあっただろうか、いやニャイ。

 火傷しそうな熱い頰を、両手で挟んですりすりした。

 隣では、ユニが同じ境地に達しようとしている、すごい光景があった。


─── はわ〜、こんな事もやったのかあたしは


 気がつくと、三人揃ってベッドの上で正座してモジモジしていた。


「……前にも言ったけど、俺の運命を見極める旅なんだ、今進んでいるのは。

ちゃんと内容を言えなくて済まない。

だいぶ事情が立て込んでて、もしかしたら俺なんかじゃ潰れてしまうくらい大きな運命かも知れない。

……でも、二人のおかげで、絶対に背負ってやろうって覚悟が出来たよ。

─── ありがとうエリン、ユニ」


 彼の表情は、強い覚悟と少年のような希望が溢れていた。

 その顔がまた、あたしに強い希望を湧き起こす。


─── 勇者を選んだ女神様は、きっとこんな顔をする人を選ぶんだろうな……


 遠くの人のように思えて、少し寂しくも感じたが、それはすぐに消えてしまった。


─── ちゃんと貰った証が、今も胸を熱くしていたのだから


 明日からしっかり生きて行こう。

 この人に相応しい婚約者になるために。

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