第十六話 民族創生
夕陽が森と空の際に差し掛かる頃、密林国アケル中央部の総督府『ナイジャルパレス』前の広場に、多くの国民がただ静かにそのテラスを見つめていた。
密林国アケル総督府、第四代大統領パジャルは、その光景をゆっくりと見回した。
スゥと息を吸った後に、魔導の拡声器が国民一人一人に届く、確かな声量でパジャルの言葉を届けた。
「この国が世界から注目され、未開の地から現在の形となるまでに、すでに十余年もの時が過ぎた!
……建国以来、初となる国家的非常事態に見舞われ、我々は密林の闇に怯える事となった。
魔族『不死の夜王』率いる、不死の軍勢により、我が国の北部州は壊滅し、数ヶ月に渡る怪異に我が国は身を縮める思いであった。
─── まず、国民の皆に詫びよう
我が総督府は、この怪異に打開策を持つ事が出来ず、皆に恐怖の日々を与えてしまった事を。
攻め時を見出せずに、我が国が立ち上がる勝機を指し示せなかった事を。
責任の全ては、このパジャルにある。
如何なる責め苦も、私は神妙に受け止める事を約束する覚悟である!」
国の首長が国民に頭を下げた。
王であらば、その権威の為に頭を下げるのは許されない。
だが、この国は王政ではない、各州の定められた制度から選ばれた者が、それぞれの地域を納め、大統領はその頂点に立つ者。
だからこそ、非を認め、その懺悔を国民に検めさせる事も出来た。
─── その懺悔に、観衆は誰も苦言を発しようとはしなかった
「そして、ここに宣言しよう!
─── 『不死の夜王』は
我々はこの国の脅威から、生き延びたのだ!」
朱に染まるアケルの空が、人々の声に
人間族と獣人族が同じ場所に並び、同じ喜びに胸を熱く
パジャルはその光景を、じっくりと眺め、揺れるその空気を体の隅々まで行き渡らせるよう、何度も深く呼吸をしていた。
「此度の非常事態は、獣人達の神よりもたらされた力と、人から支えられた魔術の技法が、その大きな役割を果たした!」
そう言って、パジャルは銀細工の輝く腕輪と、一冊の簡素な綴りの本を、両手に大きく掲げた。
「その真の力を目覚めさせ、獣人族と人間族の雄を集め、魔物すら率いた英雄がこの地に現れた!
その英雄こそが、魔族を退けたのである」
このパジャルの言葉の後に、この国史上最大級の歓声が、天まで揺るがす音の柱を突き上げた。
「その者の名は───
若きS級冒険者、闇をも喰らう黒き英雄、
─── アルフォンス・ゴールマイン‼︎‼︎」
パジャルの指し示した先に、黒く大きな人影が姿を現した。
───
その男の周りを飛び交う、無数の鬼火は、紅く染まった空に、青白い残像を残して、神々しくも妖しいシルエットを浮かび上がらせた。
「この英雄は、この地に未来を指し示す、神より導かれし時代の申し子。
彼は私に、この地アケルの未来が、人間と獣人の友愛の末に輝く事を予言した!
そして、私は彼と約束をした……
─── この者の指し示す光に、我が国が永久に
獣人達が天に向かって
吠えぬ者達は、手を叩き、足を踏み鳴らして、同意の意思を示した。
人間族もそれに負けじと、自らの体で出せる音をもって、意思を表明する。
それを眺め、深く頷いた漆黒の髑髏が、テラスに踏み出して、重々しい口を開く。
「我こそはアルフォンス・ゴールマイン。
神々の運命に導かれ、この地に参った。
この密林の大地に息衝く、精霊と共に暮らす、美しくも強き者達よ!
命ある者と手を取り、強かに平穏に、気高くあれ!
─── ここに誓おう、このアルフォンス・ゴールマインの名において
命ある限り……いや、この命果てようとも、密林の民の安寧を心から願い、求めると!」
歓声。
歓声、そして歓声。
人々はその隣に立つ者に触れ、抱き合い、その言葉への歓喜を分かち合おうと、小さくともその一歩を踏み出した。
折しも地平線と夕陽が重なり、アルフォンスの姿に、強い光の
それはまさに天が使わせた、この世の運命を背負う代行者であると、人々の網膜に焼き付けてた。
─── 後にこの演説は『アケル民族創生の布告』として語り継がれる事となる
象徴がドクロの紋章と言う、一風変わった民族が、世界に産声を上げるのは、もう少し先の事である。
……新たな時代が、今動き出した。
※ ※ ※
「んで、なぁんで俺まで、ここに呼ばれちゃってんのよ?」
見事な
「……さあ、知らねぇよ。なるべく人間族を集めて、盛大に祝いたいって言ってたけどな」
俺はこのアケルでも初めて見る、妙に荘厳な民族衣装を着せられて、変な形の椅子に座らされていた。
先日、南部から各部族の族長と幹部が集まり、ここまでの報告と、先々の話をし終えた。
で、今日はお祝いと称して、俺達三人を始め、多くの人間族も集められていた。
ここは中央部で最も大きな部族を持つ、南部黄斑虎族の分家の街だそうだ。
高床式の樹上都市の様式は、他の中央部部族と変わらないが、三角屋根の立派な祠の前で、会が催されようとしている。
ソフィアとティフォも、綺麗な民族衣装に身を包み、俺と同じ形の椅子に座らされている。
因みにガストンを始め、俺達三人以外は、草で編んだ丸い座布団に座っている。
なんか階級分けされているらしい。
─── オニイチャ、お酒、まだかな
─── ……さあ、族長の孫娘だし、おめかしに時間が掛かるんだろ
エリンとユニの居るはずの家に、さっきから女の人達が慌ただしく出入りし始めたから、もう少しじゃねぇの?
─── ふふ、この髪飾りから下がってるヴェール、虫除けにいいですね♪
少し離れて座らされている二人と、念話でそんな事をボソボソと話していた。
ソフィアが言った通り、彼女らは頭に綺麗な布を幾重にも巻かれ、そこから下がるヴェールですっぽり顔を覆っていた。
(……あのヴェール着けさせて宴会って、飲み食い出来なくねぇか?)
─── ジャーン……ジャラーン
突然、
人間族のほとんどは、その音におどろいているが、中にはにこやかになる者達もいた。
なんかの余興でも始まるのだろうか?
「花嫁のはなむけだ! 皆、大地に花弁をまけ!」
なんかそんな声が聞こえてきた。
「花嫁? 誰か結婚でもするのか……。いや、目出度いけどさ、何で俺達まで参加させられてんだよ……」
そうボヤいた時、ガストンが『あっ』と声を上げた。
「何だよガストン、急にニヤついて……。何か分かったのか?」
「分かるも何もオメェ。最上級の礼服に、ソフィアとティフォは、ヴェールだぜ?
それに多分、オメエさんらの座ってるそれ、
で、有力部族の娘二人が、誰かさんにべったりだったと来たらよぉ、もう決まりだろ……」
「は? これが神輿? 何だよそれ─── 」
─── オオオオォォォ〜ッ‼︎‼︎
獣人達の歓声に、ガストンとの会話が掻き消された。
エリンとユニの居る家の前に、人だかりが出来て、皆それぞれに花弁を振り撒いている。
(……おい、待てよ。花嫁がどうとか言った後に、エリンとユニの居る家に人だかりって事は、花嫁ってあの二人の事だよな……?
ん、あいつら何だかんだ言って、許嫁でもいたのか?)
そんな事を、ボンヤリする頭で考えていたら、花吹雪の中から、その主役が姿を見せた。
─── ソフィアとティフォと同じ衣装、俺達三人と同じ形の椅子に、かつぎ棒を差して、赤豹族の若い衆に担がれていた
「…………何だよおい、何で俺に向かって運ばれてくんだよアイツら……へ? は?」
「おい、鈍チン過ぎも程々にしとけよアル。あの花嫁はオメェのだろ。プククククク……」
「─── って、え⁉︎ 俺の……モゴォ」
いきなり口に熱い何かを放り込まれた。
途端に胃が持ち上がるほど、辛い何かが口の中に迸る。
余りの辛さに、目がチカチカして、いきなり息が出来なくなった。
「へへへ……孫娘二人の言った通り……。婿殿の弱点は『ナイジャル辛子の実』じゃったの……」
「……モガァッ、ゲホォ(貴様、族長! 諮ったなッ!)」
咳込む口から、緑色の辛子が飛び出した。
……これ、前に俺が死に掛けた奴じゃねーか!
俺の弱点とかじやねぇ、人類には無理だろ、こんな劇薬は!
「ヌフフフ……ほれ見ろ、わしらの義理の孫が、涙を流して喜んでおるではないか」
「ええ、お爺さん。ほんに、あの子達は幸せ者ですねぇ……ぐすっ」
「……ぐぼあぁッ、ぜはぁッ(お前ら、こんな事して、あの子らが喜ぶとでも……。いや、お前ら泣かすッ! 今すぐに泣かすッ!)」
意識朦朧で、椅子から転げ落ちそうになるのを、若い衆がささっと支えて、椅子に戻そうとする。
「……まあ、やり過ぎたかの。俺は止めたんじゃぞ、一応な。俺から謝っておく、済まんかった、これでも飲め……」
黄斑虎族の族長がそう言って、カップに入った水を差し出した。
慌てて男衆を振り解き、それを奪い取るようにして、一気にあおる───
─── それはあの『透明なのに辛い奴』だった
まさかの二段構えに、粘膜と神経を直撃され
……俺の意識はそこで飛んだ
※
─── トクトクトク……
「……いやぁ、いい式じゃった」
─── グビッ
「お孫さん、綺麗でしたねぇ〜! 族長殿も、寂しくなりますなぁ……」
「お、あんたもお子さんがいるんかね?」
「いや、俺は情け無い事に独り身でね」
─── グビッ グビグビ……!
「わははは、そうか。その歳じゃと、もう聞きとうない言葉じゃろうが、家庭を持つのはエエもんじゃぞ……?」
「ガハハハハッ! 余計なお世話だってんですよクソがぁ……グビグビ……」
─── ハッ! ここは何処だ? 口がビリビリする……
気がつくと、椅子に縛られた状態で、長い事寝ていたらしい。
物凄く口の中と首が痛い……。
俺に気がついた族長とガストンが、酒臭い息で話し掛けてくる。
「おうッ! やっとお目覚めか、我が
「……良かったなぁ、アルフォンス。
この俺が未だ独身だってのに、オメェは一気に四人の嫁持ちだぜ? 大出世じゃねぇか、この俺が未だ独身だってのによぉ……うぅっ」
俺は彼らに微笑むと、後ろ手の結目をあごで指して、話し掛けた。
「……ああ、色々世話を掛けたな。そろそろ解いてくれないか?
ちょっとトイレに行きたくてさ」
「んぉ? そうか、縛られたままだったな……。よし、ちょっと待ってろ、このガストン様が助けてやるからな……」
─── しゅるしゅる…………ガッ!
「─── いかん、逃げるんじゃガストン殿ッ!
そやつは─── ガッ! ぐあぁっ」
─── コホオォォォ……コホオォォォ……
「ぎゃああああ……お、落ち着けアル! 手を、手を離せ、な? 話せば分か……ぎぃやあああっ」
「ぐああああっ、婿殿ォッ! 婿殿ォ……ッ」
二人のおでこを両手にそれぞれ掴み、こめかみにギリギリと指先を突き立てて行く。
─── だ ぁ れ が 婿 殿 だ ぁ ?
「はな、話せば分かる、はな……。
……の、脳味噌でちゃうぅっ⁉︎」
「あああああ、は、花畑がぁッ! 花畑に婆さんがぁ……」
「ふふ、嫌ですよぉ、まだアタシは生きてますってばお爺さん」
その後はどうなったか、余り覚えていない。
ガストンは何度も『俺は関係ない』と叫んでいた気がするが、何をしてたかすら覚えてなかった……。
※ ※ ※
「……だからぁ、あくまでもこれは、アケルの獣人達のケジメってか、ただの儀式だからよ?
別に戸籍上、お前が本当に妻帯者になった訳じゃねぇんだから……な?」
片足を縛って、高い木に逆さにぶら下げられたガストンが、そう言って揺れている。
族長はその言葉に、そうだそうだと目で語っていた。
……それ以前に、俺には戸籍がねぇけどな。
そう言う問題じゃあねぇ……。
俺はそんな二人の顔を、ビーフジャーキーを
「「「ごめんなさいでした」」」
吊るされた二人と、その上の枝に引っ掛かった若い衆が、ようやく謝罪した。
ふと振り返ると、他の獣人族が広場に平伏している。
「おはよ、オニイチャ」
「あ、目覚めたんですねアルくん♪」
二人の女神が、広場の一軒の家から出てきた。
何だか少し機嫌がいいのか、いつもより綺麗に見えて、気持ちが落ち着いた。
「ちょっと、向こうで話しませんか? 三人で」
「ん……分かった」
何故だかバツが悪い。
……いや、俺は全くもって悪くねぇんだが、何か二人の顔が見辛かった。
『あ、せめて俺達を下ろして行って』とか聞こえたが、木の精霊の悪ふざけだと思って、聞き流しておいた。
※
「あんまり、怒らないであげて下さい」
「ハァ、抜き打ち祝言は、百歩譲って良しとしよう……。気絶させられるとはなぁ」
ソフィアはその言葉にくすくすと笑った。
ああ、綺麗だなぁ、ささくれた心が癒されるようだ……。
「ん、あたしたちは、気にしてない、から」
「そうですよ? だって私達だって、お祝いしてもらえたんですもん……///」
ああ、そう言えばガストンが『一気に四人の嫁持ち』だとか言ってたな。
この二人も花嫁衣装で、神輿に座ってた。
「……いや、二人との結婚式も含まれてたなら尚更さ、気絶させられてたのが悔やまれるしな……。あ、いや、そう言う問題じゃねぇな」
「「くーふふふっ ♡」」
いや、どちらかって言うと、二人の方が怒る所じゃないんか?
ただの儀式とは言え、二人も嫁を増やされた訳で……。
「二人は……怒ったりしなかったの?」
「「全然」」
「どうして? あの二人まで、嫁ってされたのに……?」
ソフィアとティフォは、顔を合わせてニコニコしている。
なぁんか最近、更に仲良くなってんだよなぁ、この二人は……。
「式の間も二人で話してたんです。あの二人、いい子達ですし、アルくんの事、本当に好きですから。
二人で『あの子達ならいいよね』って」
「……………………(カルチャーショック‼︎)」
ああ、そう言えば二人は、神界の倫理で動いているんだったなぁ。
「それで……それで俺がもし、二人よりもあっちを好きになったら、どうすんの……?」
そう言いながら、ちょっと二人にも不貞腐れてる自分に気がついた。
何て言えばいいのか、例えば俺がそうなってしまったとして、すんなり受け入れられてしまったら……。
彼女達の向けていてくれた想いが、その程度だったのかって言う、ちょっと女々しい気持ちだった。
「「いや!」」
「…………だったら、断る事だって必要だろ? いい子だったら全部OKじゃ、キリがないじゃないか……」
即断で『いや!』は、嬉しかった、耳が熱い。
ただ、今の俺の言葉も、正直な気持ちだったし、そうそう無い事だとは思うんだけど。
「オニイチャは、もし、あたし達がいなかったら。それでも、あの二人とは、イヤ?」
「……お前達二人がいなかったら、まずあの子達に会う事も無かっただろうけどさ……。
まあ、嫌ではないよ。強引にじゃなければ」
「なら、あたし達が居て、そのあたし達が、いいって言ってる、今も、イヤ?」
何か妙に食い下がるなぁ。
んー、何か男としては、妙に正直に話し辛い質問だぞ、これは。
でも、ここでもやっぱり、正直に話しておいた方がいいのかなぁ。
幻滅とかされたらイヤだけど……いや、うん。やっぱりちゃんと本心を言おう。
「…………だから、イヤではないよ。
ただ、正直に言って、もし、受け入れる事になるとしたって、今はちょっと考えられないって思う。
将来的に、俺達の旅が落ち着いて、彼女達の事も考えてやれるなら……そんな感じだよ。何がどうなるのか、分からないからさ。
今はそこが難しいから、強引なのが嫌だって話。
─── そんなんじゃあ、彼女達と運命を分かち合えないと思うんだよ」
やっぱり、言い難かった。
手に変な汗をかいてしまった。
「うん。アルくんなら、きっとそう考えていると思ってました♪
─── お二人共、ちゃんと聞こえましたね?」
「─── え?」
俺の背後の茂みから、エリンとユニが出てきた。
二人共、目が赤い……泣いていたのだろうか。
……俺の大暴れ、確かに彼女達には『拒絶』に見えただろうし……。
傷つけてしまったか……!
「「ごめんなさい……」」
そんな二人が頭を下げて謝った。
胸がチクリと痛んだ。
「いや、二人が嫌だとかじゃないんだ。その……お互いの気持ちも考えずに、強引に事を運ばれたのがショックだったんだよ」
「……いや、アル様が正しい。あたし達は、大きい部族だから、恋愛結婚がないんだ。
その……だから、お爺様達が言い出した時には、あたしら二人、単純に喜んでたんだ……」
政略結婚か……。
確かにそれが当たり前なら、今日の流れでも拒否感は無かっただろうなぁ。
「私達がまだ、アル様達と肩を並べて、歩めないのは分かってるの。
その時が来るまでは、私達にはお嫁さんになる資格がない事も分かってる……。
でも、それが何時になるのか、本当にそんな高みに追い付けるのかも分からない……。
─── だから、何か証が欲しかったの」
ユニの言葉に、エリンが深く
「……資格なんて、本当はそんなの要らないと思うんだけどな……。
でも、二人の気持ちはよく分かったよ……。
話してくれてありがとう」
そう言うと、二人は小さく呻いて、涙をこぼし始めてしまった。
「ねえ、アルくん。アルくんが彼女達を受け入れるのが、全ての運命を背負った時に考えられると言うのなら、今は婚約者って事でいいんじゃないですか?」
「……婚約者か」
そう言って、姉妹の方を見ると、耳を寝かせて尻尾をしょぼんとさせている。
初めて行った族長の家で、仕切りの奥から出て来た時のように、二人手を握り合っている。
本当に愛するのなら、どんな苦難があっても、引っ張って行けばいい。
そんな一般論が、判断速度を低下させる。
現実はそんなに甘くはないだろう。
もし、大きな運命に巻き込まれるのなら、それこそ二人に無責任な事は出来ない。
─── それを理解しての『証が欲しい』か
「…………俺はまだ旅の途中なんだ。そしてそれは、後それ程時間はかからない。
その時までの『婚約者』って事でいいかな?
無責任な事をしたくないんだよ、二人には」
二人は頷いた。
不安が和らいだのか、表情はだいぶ明るくはなっている。
「うん。それまでの間、あたし達もやらなきゃいけない事があるし……。
……それならあたしも頑張れるよ」
「うふふ、アル様はこんな私達の事にも、一生懸命考えてくれるの。
本当に素敵なの……だから、私達も頑張る。
今の言葉だけでも、私にはすごく胸が熱くなっちゃった……えへへ、恋愛結婚ってこう言う感じなのかな」
さっきまでの、後ろめたさと言うか、モヤモヤとした気持ちはかなり晴れていた。
前向きに話せたのかな……?
実際の所、エリンとユニに惹かれるものがあったのは事実だけど、それを現実的に考えないようにしていた。
─── 二人の女神に、気持ちを伝えられたのも、最近やっとの事だし……
俺はそんなに器用じゃないし、恋愛弱者なんだってば。
「俺も……二人に応えられる男になれるように、頑張るよ。……これで、またひとつ覚悟が出来たんだ、ありがとうエリン、ユニ。
二人に顔向けできるように、しっかりと運命と向き合ってみるから、待っててくれるか?」
「「はい!」」
もう二人の顔に
後ろにピッタリと倒れていた耳が、横向きにゆったりと寝ているし、尻尾はぴーんとしていた。
─── 良かった、機嫌良くリラックスしてる感じだな
彼女達のこういう分かりやすい所は、旅の間もしょっちゅう癒されていた。
ソフィアとティフォもニコニコしている。
これで良かったんだろう、きっと。
……何かさ、今まで読んでた物語とか、常識的な部分と、大分かけ離れた事態になって来てるなぁ。
─── 現実って、そう言うものなんだろうか?
この旅に出てから、俺の持っていた常識と、現実がズレる事、たくさんあった気がする。
思うままには進まないもんだ。
……だからこそ、ひとつひとつ、前向きに考えて行かないといけないんだろう。
人間のつくった形骸的なルールとか常識だって、前にソフィアが言っていたけど、人それぞれの事情で変わるものなのかも知れない。
─── 思っていた事実と異なる
それに否定から入るのは、多くの幸せと運命を、頭から否定するだけなのだろうか。
……そんな風にも考えさせられた。
※ ※ ※
中央部の川港で、俺達三人と婚約者姉妹、そしてタイロンの六人は、見送りに来てくれた人々に囲まれていた。
「盛大に祝勝会を開けず、申し訳ない。次に立ち寄る事があれば、この国を挙げて歓迎させてもらうつもりですからのぅ」
大統領のパジャルまで、一般人に紛れて見送りに来てくれていた。
「そんな事は気にしなくていいよ。北部の事があったんだ、喪に服するのも大事な事だし。
─── また、必ずここに来るさ」
人々の腕には、黒い腕章と朱色の
黒は亡くなった犠牲者への、冥福を祈る気持ちを現している。
冥府の世界での福を祈るとは、死ねば神の下で暮らすと言うエル・ラト教系の宗教観念とは異なる。
強大な自然と共に暮らす彼らは、死すれば一度土に還り、冥府に帰った後、また生まれて来ると信じているからだ。
再び生まれて来るまでの間を、幸せに過ごして欲しいと願う、精霊信仰の逸話に基づいている。
そして
意味合いは『ひとつの家族』を指し、今後はこれを象徴として行きたいと言っていた。
─── うおおおーいッ!
と、ガグナグ河の下流から、遠吠えにも似た、長い声が聞こえて来た。
「お! お出でなすったぜアル。流石時間にピッタリだ。
あの爺さんのお陰で、色々上手く事が運んだんだ。今後も獣人族と関わるだろう、あの爺さんは頼れるから、友好的にな?」
ガストンはそう言って、下流からやって来る船団に手を振っている。
俺達は今やって来た船に乗り、一気に北部を目指して、次の国『ダラングスグル共和国』へと入る。
一度北部で降り、姉妹とタイロンの『獣人魔術普及団』とは別れる事となる。
「しかし、逆流に帆も無しで、何であんなに速いんだ? 魔導船みたいなもんなのか?」
「ふっふっふっ、あれこそが我々獣人族の、世界に広がって行った、長距離移動の秘密兵器よ」
一応義理の祖父となった、赤豹の族長が腕を組み、自慢気にそう言った。
あれから彼とは和解はしたし、姉妹と婚約を結ぶ事で合意はしたが、俺が手を動かす度に頭を守る癖がついていた。
─── と、そんな事をしていたら、あっという間に船団が港に停まり、獣人数人が桟を歩いて出て来た
「よお! 久しぶりだな
そう言って、先頭にいた熊耳の爺さんが、俺とガッチリ握手した。
「あんたに貰った『虎目石』、本当に役に立ったよ、言いっこ無しだ」
「がはははは! やっぱ、人間にしとくのは惜しい奴だ、ほれ乗んな!
あっという間に、アケルなんざ通り抜けてやっからよ」
そう言って、ペイトンが船首に向かって口笛を吹く。
小さな丸い尻尾がフリフリして、卑怯な可愛さだなと思った。
─── ザバァ……ッ!
水龍が水面から首をもたげ、青味がかった灰色の姿を現した。
「この客人は、俺達の恩人だ、まずはアケル北部までバッチリ頼むぜ!」
「……ピュイィッ!」
まさか水龍を手懐けて、船を曳かせていたとは。
その緑色の眼が、俺達をジッと見回すと、ティフォを見た瞬間に瞳孔がキュっと絞られた。
─── 『全怪物の王』は龍種にも有効らしい
「よーし、もういいぜ! とっとと乗ってくれや!」
「……そんじゃあ、行ってくる! またな!」
そう言って振り返ると、獣人達は遠吠えを、人間達は歓声と拍手で応えてくれた。
船から見ると、港には入りきれない人々の列が、ずっと続いている。
建物の上や窓にも、こちらを見る姿があちこちにあった。
「桟を外せッ! 会長の出航だ!」
水夫達の慌ただしい声が響き、桟が外されると、水龍は船の上を一瞥して、水に潜った。
その波に船が揺れる。
「しゅっぱーつッ!」
港に出航の
「「「ありがとー」」」
そう一斉に叫ぶ声が聞こえた時、船にぐんと進む勢いが来て、船体が水を切る音が始まった。
加速しながら進み出せば、港沿いに人々が延々と立ち並んで、声援を送っている。
─── やがて直ぐに港は『エコーハンド』の森に隠れて見えなくなったが、人々の声はいつまでも聞こえていた
雄大なガグナグ河は、何処までも先に続いている─── 。
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