第十三話 適合者以上、勇者未満

─── ん……つまんない


 ソフィが言ってたヤツか、ホントに神威が使えないのは、まいった。


「……ふきとべ」


 拳に魔力を一気に集めて、鶏ガラじじーが、粉微塵になるのを思い描き、殴りつける。


─── ガイィ……ンッ!


 くそ、また細っちい剣で弾かれた。

 相手は弱い、あたしを殺せる術がない。

 力も弱いし、動きだって見えてる。


─── なのに、なんでコイツを殺せない


 細っちい剣がハエみたいに、ぴゅんぴゅん、ちと弱らすか。


─── ゴオオオォォォォ……ッ!


 ガードしたじじーの左腕を殴り折って、吹っ飛んだ先に炎のブレスをおみまい。

 よくない肉の、焼け焦げる嫌な臭い。


「…………流石に今のは肝を冷やしましたよ、お嬢さん。しかし、貴女の神威ではやはり私を殺しきれない」


 消えないはずの炎が、すぐ消えた。

 なんだお前、そんなに水たっぷりには見えないぞ?


 ち、またハエみたいなチョロ剣か。


─── ガガガッ、ガキィン、ギュンッ!


 小枝みたいなもの。

 あたしの両手ではたき落とせば、体にひとつも当てられない。


 ……なのにこの不快感はなんだ!


─── ビッシィ!


「おや……これは、何とも禍々しい。触手ですかな? 神ともあろう者が、ずいぶんと魔物じみた奇術を使うものですな……」


 片足を触手で掴んで持ち上げる。

 あたしの触手は、じじーを貪り食べようと、一斉に飛び掛かる。


─── ツパパパパン……ッ


「……ぬ、きられた」


「恐ろしい程、俊敏に動かすものです。しかし、我が兄の剣の方が、いささか速かったようだ。目で追うのは造作もない」


 触手が切られた事はいい、どーせすぐに生やせる。

 でも、また殺しきれなかった。


 ……大体、なんでコイツは、あたしに絶対勝てないって分かってて、しつこく生き返る?


 闘い始めから、もう何度も細切れにしてやったのに、すぐ生き返ってくる。

 めんどい。



─── その時、向こうの方で、凄い神気が炸裂した



「……おや、どうやら私の兄は、貴女のお連れ様に負けてしまったようだ……。

私はハズレを引いてしまったのですなぁ」


 むこーで、このじじーと同じ顔のヤツが、ソフィに掻き消された。

 やっぱりアンデッドだな、全然悲しそうじゃない。


「……おまえ、くやしくないのか?」


「フフフ……私の兄の事ですかな? それとも私を殺しきれない、貴女と当たった事ですかな?」


「…………兄のほーだ。双子、なんだろ? くやしくないのか、殺されて」


「……悔しくないと言えば嘘になります。ただ、私達は人に必要とされたいと、願っただけの屍人。それは永く永く続いた日々でしてね。

……少々、元の気持ちが分からなくなっているのですよ。今更、何故生きているのかと」


「ばかゆーな、お前はもう、


 じじーがおどろいた顔をして、笑い出した。

 何がおかしいんだ、分からん。


「まさにそこですよ。私達はもう、とっくの昔に死んでいるのに、未だに闘い続けている。

……いつまで? いつまでも。

再び死してちりにならない限りは……」


「なんだお前、死にたいのか」


 またじじーがぴゅんぴゅんして来た。

 何だ死にたいくせに、こいつも『死に際』とか『生き様』とか、勝手な事ぬかすヤツか。


 人のこーいう所がめんどい。

 思いくそ、顔面パンチを入れてやる。


─── パァンッ!


 ん、まーた生き返るのか。

 ソフィがやったくらい、粉々にしなきゃダメか? それともパル何とかが言ってた、サブ脳を壊さなきゃダメなのか?


─── ズ……ッ


「……う」


「おお、やっと一太刀届きましたな。……貴女にはどうと言う事もない、擦り傷でしょうが」


 肩を刺された。

 こんなものは、すぐ消える。


─── だが、傷つけられた事はゆるせん!


 頭に来て脇腹を蹴り飛ばして、奥の壁に吹き飛ばす。


 じじーは体半分、壁で潰れたけど、また直ぐに立ち上がる。

 ホントめんどい、すごくめんどい。


─── でも、ホントにめんどいのはあたしか


 さっきから、イライラしてるのに、本気を出す気になれない。

 さっきソフィは本気の神威で、あの赤黒いバリアごと、相手をぶっ潰してた。

 ……でも、あたしの本気の神威は、このじじーを殺せなかった。


 その理由は簡単、あたしに

 ここはあたしの世界じゃない。


 あたしの覚悟は、オニイチャと一緒にいたいって事だけだ。


─── だから、くやしい


 あたしの覚悟では、このじじーを殺しきれなかった。

 最近、ソフィの力はどんどん上がってる。

 あたしも権能の一部は取り戻せたけど、何かが軽い気がする。


 昔のあたしはさいきょーだったのに……。


「フフフ、揺れておりますな。勝負の中にそのような顔を見せるとは、やはり貴女は何かが足りないよう─── パァンッ!」


─── ガッガッガッガッ!


 殴る蹴る、地面にじじーをすり潰す。


「うるさい……あたしは、お前らとはちがう」


「…………ええ、違いますねぇ」


 じじーがまた立ち上がる。

 あたしの胸が、痛いくらいドキドキ……こんなに不安になった事、なかったのに……。


「貴女には、覚悟が足りないようだ。適合者と共に歩ける程の、世界に運命を賭ける覚悟が……。

先の勇者は、決して強くはなかったと言いますよ? それでも世界を変えたのは、貴女の持たない覚悟があったからでは?」


 分かってる事を言われるのは、一番頭にくる。

 もう、付き合うのはやめだ。


「…………もういい。死ね」


 躍起になって、直接神威で潰すのはやめだ。

 殺し方は最初から分かってた。


 ただ、奇跡で肉体強化して、叩き潰せばいい。

 もう、ほんとーの神でない事を、いじいじするのはやめだ。


─── ほら、あっさりだ……


 じじーめ、最期に『やはりハズレだった』とか、つぶやきやがった……。

 はやく帰りたい、オニイチャの胸に帰りたい。


 オニイチャの姿を探す。

 いつものおっきな、安心するあの背中が見えた。


─── あそこに帰れるのなら、あたしは何もいらない……




 ※ 




「ジュドーも軽く捻り潰されましたか。

次は私の番ですかね、貴方には到底、及びそうもない」


 ティフォが勝ったみたいだ。

 でも何だろう、あいつが妙に寂しそうに見えるのは。

 ……目の前のこいつも、何だか寂しそうなんだよなぁ。


「配下を失って悲しいのか、酷い顔だぞ」


「……当たり前でしょう? 仲間を失って、平気でいられるなど、人族とは違うのですよ」


「…………それはお前達、魔族だろう?」


「フッ、つまりお互いがお互いをよく知らないまま、殺し合ったという訳ですよ。

聖魔戦争なんて、人は着飾った呼び名で、過去の戦争を語っているようですけどね」


 んー、まあ、戦争とか国同士の衝突は、それぞれ都合良く情報操作するって言うしな。


「……ああ、言い方が悪かったな、済まない。俺もお前達をよく知らないんだ。

だから最初はてっきり、お前は俺と話がしたいのだと、そう思ってたんだけどな」


「ふふふ、そうですよ。私は適合者に選ばれた貴方と話してみたかった。

かつて我々を追い詰めた勇者とは、どんな人物が選ばれ、どんな気持ちで動いていたのか、知りたかった」


「ほう……で、どうだ? 適合者以上、勇者未満の俺は」


「貴方で良かった。これが前回の聖魔大戦であったなら、我々が対立する事も無かったでしょうね。

しかし、運命とは残酷だ、否応なく殺し合いをしなくてはならない、今この時に出会ってしまうとは」


 聖魔大戦は魔族の侵略が始まりじゃない。

 何となくそれは分かって来た。


 通り掛かっただけで、否応なく闘わなければならないのは、俺の知らない過去の遺恨があるからだ。

 この男からなら、真実が聞けるんじゃないだろうか?


「なぁ……教えてくれないか? 三百年前、どうして俺達は、戦わなければならなかったんだ……?」


「それは───

もうそれを話す事は、出来なくなってしまいました。……今は本気の貴方と闘いたいッ!」


─── ギィンッ! ガキッ、ギィンッ!


 パルスルの双剣が、更に速度を増している。

 いや、強くなったんじゃない、何かが吹っ切れたんだ。

 ……そんな手応えだった。


「私はね、魔族である事に、これっぽっちも矜持きょうじなど持っていないんですよ。兄の仇など、それも本当はどうだって良かった。

適合者を潰す事、人に三百年の恨みを返す事、それに興味もなく、ただ従っている体を見せているだけだった」


「それも……幼い頃に孤独だったからか?」


─── シャリン…………ザシュッ!


 パルスルの剣を払い、肩口を斬る。

 殺すつもりではなく、こちらはただ、体に叩き込まれた動きで反応しているだけ。

 その虚しい闘いに、今は俺の方が意義を求め始めていたのかも知れない。


「ええ……グッ、そうですよ。私は能力も、剣の才能も高かった。しかし、魔族への帰属意識は無いに等しい。

兄の仇打ちだって、そうしなければ、貴方がた人の想い描く『血も涙もない魔族』と同じになってしまう……。たったそれだけの、私のプライドがそうさせた!」


 すでに回復を終えたパルスルは、闇雲に剣を突き出すが、それを寸で交わして腹に肘を抉り込む。


「ゲホォ……ッ! ぐ、うっ、が……」


 もう、俺の手にある二振りのククリからは、愉しげな声は聞こえなかった。


「……そ、それでも、貴方がこの国に入ったと知り、心は騒いだ……ケホッ

貴方を目の当たりにして、どうしても闘いたくなってしまった。

─── やっと分かったんですよ、自分は魔族なのだと」


「本能的に闘いを求めた……と? 魔族には適合者と相対する本能でもあるってのか……」


「そんなものはありませんよ。ただ、貴方がさっき戦う覚悟の話をした時、私が挑みたくなった理由が分かった。……ただそれだけです」


 こいつは俺を見て、取り敢えず殺したくなって、それが……ああもう、さっぱり分からん!


「お前の言っている意味が、さっぱり分からん! 闘いたいのなら、死ぬ気で殺しに来いッ!」


「……ふふ、それですよソレ。エスキュラも私のように、望んで玉砕したでしょう……?」


「─── ‼︎ ……そんな報告も入っているのか、魔族の情報網もあなどれないな……」


 あの空洞内に、監視者でもいたのだろうか。

 魔王は神と同等の魔力を持つ、強大な存在だと言うが、そんな者がいるのなら有り得るかも知れない。


 しかし、俺の言葉に彼は笑っていた。


「違いますよ。彼女も貴方を見て、悟っただろうと思っただけなのですが……その通りだったようだ。……ははははっ! 私も魔族だったのだなぁ! はははははっ!」


 何がおかしいのか、自嘲ではなく、ただ愉しそうに笑っていた。


「……ひとつお願いがあります。これをお聞きくだされば、私は全てを賭けて貴方と闘い、貴方の怒りに落とし前をつける、と言うのはいかがです?」


「つまり、覚悟のない闘いを止め、アケルを恐怖に陥れた責任を、命で償うと言う事か……。

その願いはなんだ、言ってみろよ……」


 パルスルはゆっくりと頭を下げた後、バツが悪そうに口元を歪めて微笑んだ。



─── お顔を、見せては頂けませんか……?



 静かに祈るようにそう言った。

 死刑囚が最期に何かを望む時、こんな顔をするのだろう。

 こちらのスキを誘うための罠だとは思えなかった。


 俺はその表情に、何かが込み上げ、自然と兜に手を掛けていた。


「…………これでいいか……?」


「はい……ありがとうございます。今、魔族としての覚悟が、全て整いました……

ここからは、私の魂に誓って、貴方に全力で挑む事をお赦し下さい」


 一筋の涙を零した後、パルスルの瞳は妖しく紅く燃え上がった。

 手脚が異様に長く伸び、不死者と化した黒龍のような、大きく醜い萎びた四肢に変化する。

 四肢を覆う鱗、美しく透き通っていた紫水晶の角は、赤黒いマグマのような光を放つ、長大な凶器へと変貌した。


 見上げるような怪物、魔力と気迫はまるで別物。


─── 【不死の夜王】がようやく姿を現した




 ※ 




「─── ぐ……ッ」


 腹部への一撃が、頭の先まで突き抜けた。

 一瞬、意識が刈り取られそうになるのを、奥歯をガッチリ噛み締めて耐えきった。


 暗闇はただでさえ、平衡感覚を鈍らせる。

 伸されるのは耐えても、揺れた脳は何処が床で何処が天井かすら、迷わせる。


─── 【不死の夜王】


 何故、彼が夜王と呼ばれたのか、ようやく理解した。

 優男の姿から、アンデッド化した龍人のような黒く醜い姿へと、変化した後……



─── 一瞬で世界を暗闇に変えられた



 速度もパワーも桁違いに跳ね上がった攻撃は、アンデッドの如く気配が希薄で察知出来ず、いきなりいいのを連続でもらってしまった。

 ガセ爺謹製の強化重鎧でも、衝撃から守りきれず、体の芯に重たく響いて来た。


 夜王の能力は、確かに俺の魂を変質させようと迫って来たが、漆黒の鎧はそれを何とか跳ね除けている。


─── しかし、この暗闇の亜空間は厄介だ


 何発か食らった後、ようやくこれが、彼の創り出した亜空間であると言うのだけは分かった。

 近づく者の魂すら穢す異端の能力は、全ての光を吸い尽くす、完全なる闇を創り出していた。


─── ヒュボッ!


 微かな空気の揺れで、強烈な殴打が来るのが読めた。

 身を反らして、それをかわす。

 しかし、一撃目で揺れた空気に紛れて、膝が襲い掛かるのを追い切れなかった。


「……ゲホッ! ぐ……くそっ!」


「流石だ……段々と私の動きを、捕捉して来てますね。それに何度、深いのを叩き込んでも、貴方は平然と立ち上がる……」


─── そこか!


 双剣のククリを、声のした位置に振り切る。


─── ドガッ!


 突如衝撃が走り、脇腹に蹴りを食らったのが、辛うじて分かった。

 ヤツからは完全に見切られている。


「─── 【斬る】!」


 蹴りを食らったその脚が離れる瞬間に、神威を放つと、無数の斬撃がパルスルを捕らえる手応えが返って来た。


─── ガガガガガ……ィィ……ン……


 何かに衝撃が吸われるような、無力化の手応えだけは、柄から伝わって来た。

 ダメージの有無は捨て、その手応えから、パルスルの動きを予測した。


─── ピシュン!


 わずかに切っ先で、皮膚を切り裂く感覚を得た。

 しかし、直後に反撃を受け、後方に吹き飛ばされた。


「……これだけ、私の方が有利な状態だと言うのに、貴方を仕留め切れる術がない……。

それに、貴方の放つ剣の奇跡は、重ねるごとに強まっている。

……本当に貴方は恐ろしい人だ」


 確かにそうだ、彼の攻撃を食らってはいるが、寸での所で体でいなして、深いダメージは避けている。

 これが自分だけの力ではないと、自然と俺は理解していた。


─── 加護が、二人の女神の与える力が、この世界でも繋がっているのを確かに感じていた


 心拍数は上がっているのに、心はさざ波ひとつなく、落ち着いている。


 と、その時、肌を不可思議な感覚が覆った。


 何も見えぬはずの目の前を、青白い光の鱗粉を撒く、黒アゲハがひらひらと舞った。

 ああ、こいつらも力を貸してくれていたのか……と、今更ながら実感する。



─── 主様、夜を切るのは誰であったか、お忘れか……


「……夜切か⁉︎ 何故お前の姿が視える……」


─── 我は闇に生きる妖刀、今一時の夢を見せておる。さあ主様……我に夜明けを呼ぶ力を……!


 その声に応え、頭の中に浮かんだ言霊を、言葉で紡いだ。



「─── 【夜切】我らが手に陽光を」



 宵鴉と明鴉が手から消え、一振りの妖刀が手の中に現れた。


 妖刀に魔力を吸われる、しかし、それが膨大な力となって、循環する。

 途端にパルスルのいる位置が、ハッキリと分かるようになった。


 夜切から歓喜が伝わり、それすらも俺の力に変換されていくのが分かる。

 体を駆け巡る、剣との一体感が最高潮に達した時、パルスルが飛び掛かるのを察知した。



─── ……俺はなぁ、早起きなんだよッ‼︎



 パルスルに向けて、渾身の一閃を振り切ると、俺の視界に白い線が斜めに走った。


「…………ギッ……ぐうぅぁぁぁッ!」


 パルスルの悲鳴と共に、白い線が広がると、ガラスを割るような音を立てて、夜の世界が斬り裂かれた。

 地下空間の白い明かりの下、肩口から胸元まで斬り裂かれた夜王の姿が、目に飛び込んだ。


「……あ、与えられた奇跡も使わずに……亜空間ごと斬るとは……」


 呼吸は浅く激しい、これだけの深手では、流石に彼も回復が遅れているようだ。

 その姿に夜切が手の中で鳴いている。


「…………覚悟はいいな……?」


 俺の問いに、夜王は頷く。



─── 【斬る】



 剣閃が視界を覆い、赤黒い霧ごと無数の肉片へと斬り裂かれ、パルスルは床に散らばって行った。


 二人の女神が駆け寄って来る。

 俺は地べたに座り込み、二人を抱き止めた。


 姿が見えなくなって、また動揺したのだろう、ソフィアは涙ぐんで胸元に顔を埋めた。


─── オニイチャ、ずっと、一緒だよ、ね?


 ティフォは、俺の頭を抱き締めて、何度もそう耳元に呟いている。

 俺はその呟きに『そうだ』と、毎回答えて、彼女の背中を撫でていた。


 俺をずっと支えてくれていたのは、こんなに小さい背中だったかと、切なく、愛おしく思った─── 。

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