第三話 南部州知事
密林国アケル南部、獣人族の多く住む密林の大地と、人間族の多く住む開拓された平地、その中間部には乾燥した
水源に乏しく、土質に恵まれないこの地域を人間族は求めず、獣人族でも一部の種族が適応出来ているだけであった。
アケルに住む獣人族が、交易によって経済を見出している中、少数の獣人族がこの不毛な地に住むのは何故か?
─── 三百年前の聖魔戦争に絡んで起きた、人間族の台頭と、それに関わる獣人同士の、覇権争い
当時はこの地も、それ程不毛では無かったものの、敗れた一部民族はここにしか住む事が出来なかったのである。
─── あれから三百年、気候の変化と開拓の進行によって、今は更にその状況は悪化していた。
※
「おお、流石は先生の紹介だな! もう売りさばいて来たのか!」
「ええ、じゃあお約束通り、売り上げの一割と報酬分を差し引いた額ですぜ。
よーく、確かめてくださいよ?」
黒いソフトハットを被った男が、屈強な獣人族の男に、どっしりと膨らんだ革袋を手渡した。
受け取った獣人族は、男の頭二つ分は上背があり、突き出した耳と太い首、額と頭頂部に大小それぞれ二本の角が生えている。
乾燥してひび割れた皮膚は厚く、灰色っぽく見えた。
白く長い髭を揺らして、横一文字の受け口を、嬉しそうに歪ませて革袋の中を検めていた。
─── 髭犀族族長 グレゴ
「おお! こんなにか! ……こんな事なら定期的に赤豹だの黄斑虎だの、人間族に売れそうな娘でも早々に売り飛ばすべきだったか……!」
「まあ、そん時はご贔屓によろしくお願いしますよ。
あ、先生の方からは、なんか聞いてんですか、今後の事とか。
俺達も無駄足はしたくないんで、出来る事ならまとめてやっちまいたいんですよ」
男がそう言うと、グレゴは革袋を眺めたまま、手の上で揺らして答える。
「今の所は特にはないな。まあ、一週間後にはまたお会いする事になっておるから、その時にでも指示があるだろう」
「……じゃあ、そん時にご一緒しますよ。どうせまた、俺らが動くでしょうし、特に族長さん一人で来いとは言われてねぇんでしょ?
邪魔だったら退散しますんで」
グレゴは一瞬眼を丸くして、笑い出した。
「フフフハハ! 人間族とはいつも時間に追われておるな! それが繁栄の秘訣なのかね、まあ、好きにすれば良い」
「んじゃあ、俺らはまた同じ宿に連絡係を置いときますんで、そん時に一声掛けて下さい」
「うむ、分かった。前日に使いを出そう」
「これはどうも、ありがてぇです。
ああ……すんません、後もう一つお願いがあましてね─── 」
男はその後、全ての要件をすませ、ひっそりと髭犀族の村を後にした。
─── ごぽっ
荒野を進む幌馬車の中、男は手の中に吐き出した赤く光る宝石を眺めてニヤリと笑う。
帽子を目深に被り直して、大きく膨らんだ麻袋にもたれ掛かると、何事かをブツブツと呟いていた。
※ ※ ※
「絶対に傷をもらうなよ! 三人一組で小回り利かせろ、赤豹族の意地を見せてやれッ!」
「「「─── オウッ‼︎‼︎」」」
一体目のアンデッドが倒れ、黒い霧となって消えた時、男達の士気が溢れ返る程に昂ぶった。
銀細工のはめ込まれた腕輪に白い光が灯ると、村の入口に張られたバリケードを次々に飛び越えて、彼らはアンデッドの群れに躍り出て行く。
「─── 本当だ! 本当に行けるぞ!」
アンデッドとの物理戦は、相当な武器の差か、技術の差が物を言う。
命を恐れない相手には、生きていた頃の急所攻撃や、衝撃で怯ませるなどの、緩急をつけた戦いは意味がない。
むしろ一撃で攻撃不能に陥らせられなければ、間合いを詰めてしまった分、反撃を受けるリスクが跳ね上がる。
─── 一発の反撃で、己もアンデッドと化す危険性があるからだ
いくら体力に秀でる獣人族と言えども、一つの傷も作らず、押し寄せるアンデッドの大群を、全力で叩き潰し続けるのは不可能だった。
そしてここは、生命の溢れる密林地帯、強力な魔獣が生まれやすく、強力な魔獣の肉体は死しても強靭。
今まで耐え抜いていた事の方が、充分に奇跡だったと言えよう。
「オラッ! 気を抜くな! 森の奥を見てみろ! ……まだまだお友達はいるらしいぜ?」
誰かの軽口に、赤豹の戦士達が笑い声を上げた。
その足元には、すでに無数の魔石が転がり、篝火の明かりにチラチラと輝いている。
─── 完全なる形勢逆転
アルフォンス考案の腕輪は、獣人達の肉体強化の魔力を受け、彼らの手首から先に有効な光属性の魔術を付与していた。
一撃必殺どころか、触れた部分だけでも崩壊が始まる敵に、手こずる要素は何もなかった。
彼らの真骨頂である、勇猛果敢で高速の戦いが、リスクからメリットに成り代わったのだ。
「─── 彼らの昂ぶった生命力に、森中のアンデッドが寄せ集められてるな……。ここは手を貸すか?」
「ふふふ、でも皆さんすっごく生き生きしてますよ? 獣人族の戦士は、闘志まで力に変えるって言いますけど、本当だったんですね」
「ああ、こりゃあ朝まで暴れてそうだ」
アルフォンスとソフィアは、前線から離れた位置にある、見張り台の上で戦いを見守っていた。
危険な局面があれば、直ぐにでも加勢しようとしていたが、全く危なげのない戦いは、更にテンポを上げ続けていた。
「私達の出番はないみたいですね♪
そう言えば、ティフォちゃんの方はどうです?」
「ああ、予定通りに動いてる。こっちの討伐戦に来たがって大変だったよ」
アルフォンスはため息をつきつつ、何処か楽しそうに笑った。
「ふふふ、こう言うの絶対好きですもんね!」
「ほんとほんと『神威なし、肉体強化なし、触手なしで体術オンリーのハンデ戦』とか言ったら絶対に─── 」
「オニイチヤ、ティフォにも腕輪かして!」
「とか言いだすよな…………って! ティフォ⁉︎
ここで何やってんだよ! あっちはどうなってんだ⁉︎」
いつの間にか、ティフォは見張り台の横に浮いて、アルフォンスに『くれくれ』のハンドジェスチャーをしていた。
「瞬間転位で、きた。あっちはもう、かんぺき。
あとは、ふろあをわかす、えっせんす。
─── それより、オニイチャ、はよ!」
「分かったよ。皆んなの分、ちゃんと残せよ?」
「うぃ」
彼女には必要のないハズの腕輪を受け取り、腕に着けた刹那、その姿は掻き消えた。
「「「うおおおおおおおッ⁉︎」」」
一呼吸置いて、獣人達の野太い歓声が上がると、アルフォンスとソフィアは吹き出した。
ティフォの参戦で、夜の密林に輝く魔術の反応光の数が、加速度的に増えて行く。
─── 夜の森に、聖なる光が所々で瞬く
暗い見張り台の上で、二人は寄り添うようにして、彼らの戦いを見守り続けていた。
※ ※ ※
─── 南部州の首都ベルナワ
古い簡素な街並みに、点々と混じる近代様式の建物が、何の計画性もないままに乱立している様は、正に急発展の姿そのものだった。
それらの相容れぬ様式の建物とは、また一風変わった大きな建物がある。
それは大陸中央部の、歴史ある建築物をそのまま運んできたような、赤い
明らかに、他とは異彩を放っていた。
この建物こそが、知事の執務室を置く、南部州庁舎である。
「─── そうですか、そうですか。グレゴさんも中々に仕事熱心なお方で、私も心強い限りです」
「いやいや、先生のお陰様で、我ら一族の今後の行く末に光が見えて来ましてな。
今後共、どうかひとつ、先生からのお力添えを頂きますれば」
深々と頭を下げる髭犀族の族長に、州知事は一瞬侮蔑の色を浮かべるも、すぐに穏やかな笑顔に戻った。
「ところで、本日のご用件はどういった?
確かグレゴさんとお会いする約束は、後二日先だったハズでは?」
「はい。突然押し掛けて申し訳ありませんな、実は先生にご指示頂いておった、赤豹族の娘の件が、思った以上に早く片付きまして。
今後、先生に反対しておる、保守派の獣人族の離反工作に、もう少しお役に立ちたいと決心しましてな」
知事は穏やかな笑顔を、仕事上の笑顔に変えると声のトーンを一層落として話し出した。
「ほお、グレゴさんの髭犀族は、革新派獣人族の中でも最古参。是非ともご協力を願えれば、そう……私は思ってますよ」
「包み隠さずに申せば、我等は国家ではなく、土地に執着をしておるのですよ。
我々革新派の多くは、元敗者。ただ、生きて行ける土地に根付きたい、その一存に尽きる。
その旗手達を説得するにも、先生の進める帝国同調政策の真の狙いを、是非お聞きかせ願いたい」
知事はグレゴの核心に触れる言葉に、一瞬疑心を持ちかけたが、顔には出さず聞き返した。
「ははは、知事の私の前で、国家に興味がないと仰いますか、はははは!
……正直な方は好きですよ私は。
つまり貴方はこう仰りたい───
私の政策の結果が、貴方がた一族に一切の不利益を被らなければ……いや、利益を得られるのであれば、どんなものでも構わないと?」
「その通り。全くその通りですよ先生」
グレゴの答えを聞き、知事の顔は野心のある、鋭い表情へと一変した。
「素晴らしい。貴方のような野心のある人物こそ、私は信じるのですよ。
よろしい、全てお教えしましょう!」
グレゴはニヤリと笑い、知事の話に耳を傾けた─── 。
※ ※ ※
「─── と、まあ、これが帝国の支持が急増してる理由だったと」
静まり返った部屋に、俺の声が響く。
誰も声を発さないのは、話について行けないのか、それともショックを受けて───
「よぅし! 話は分かった! 知事を殺す!
オラッ! 若い衆を集めろ! カチコミだッ!
「おおよ! この黄斑虎族の爪が……んん、アレだ……あー、インテリアにしてやるぜッ!」
「オウッ! 面長大猿族にも噛ませろ! インテリアだッ! もうインテリア祭りに……」
……あー。いや、キレてたか。
その前に、お前らどんだけ素敵な暮らしに憧れてんだよ、インテリアにこだわり過ぎだ。
─── だあああまあああれええええッ‼︎‼︎
「「「ひぃッ」」」
「……ありがとう、ティフォ。でも気合い入れる前は、一言教えてくれると助かる。こっちまでビクッてなるから」
「ん、いいか? ろーとるども、もうこれは、お前ら、どさんぴんが、騒いでどーこー、出来ること、じゃない」
「お、おいティフォ、言い方! 言い方!」
あれ? 血の気の多い各族長達が、ティフォの言葉に怒らない。勢いの力か?
「あー、話すのめんどい。あとはこのソフィが、おまえらの、カヤクで出来た脳にもわかるよーに、話す。
しんみょーな、しんみょーにきけ、な」
うわ……ソフィアやりにくそー……。
「族長の皆さん。まずここまでの経緯から整理しましょう。
まず、赤豹族の誘拐事件に関して、部族間の離反工作を目論んだ知事が発案。
部族存続に瀕していた髭犀族の族長が、報酬と庇護の約束の下、それを紹介された犯罪集団に指示した。
─── そうですね、
「…………その通りだ」
やつれ果てたグレゴは、目を閉じて静かに
彼の身柄は、金の入った革袋を持った、黒いソフトハットの男に変身したティフォが、その時に確保した。
騒ぎにならないよう、幻術で創り出した偽グレゴまで置いて来たというから恐ろしい。
そして、同時に彼との会話を、辺境の変態公爵の時と同じく、宝石に音声で記憶させている。
─── それを証拠に知事のやり方に反対していた、保守派獣人族のメンバーを緊急招集、今回の企てを明るみにする
族長不在の髭犀族の身柄を、各部族の精鋭で一斉に襲い、全て拘束して赤豹族の村に連行した。
当初、グレゴの私刑を、保守派の族長達は全員一致で唱えたが、ソフィアがこれを一時預かった。
彼の聴取が進むに連れ、族長達もその動機に同情的となり、今は保留のままだ。
─── そして仕上げに今日、グレゴに化けたティフォが誘導して、知事の目論見を吐き出させた
ソフィアは、その声の入った宝石を持ち、難しい顔をした。
「この、ティフォちゃんの採ってきた、知事との会話。
……私はこの知事の話は、かなり事実が隠された上での内容だと思っています」
知事の会話を端的にすれば─── 。
─── 帝国からの関税の優遇で、一部権利者に莫大な利益が出る
─── エル・ラト教の誘致で、公的施設と人口の増加が見込め、大きなインフラ事業ができ、援助金が帝国から引き出せる。
その援助金の、用途等の条件が甘く、横領が可能
と言う、メリットがふたつ。
そして、そのリスクは……
─── 関税の恩恵は、ほぼ人間族の主要産業に偏り、経済のバランスが崩れ、獣人族との貧富の差が起こる
─── 現在、中央方面から頼っている輸入品が安くなり、獣人族の生産する内需の利益が崩壊する
と言うものだった。
「アケル南部の経済は発展しますが、人間族独占の帝国本位な状態になるのは、どう考えても明らかです……」
「じゃ、じゃから今の内に知事を……インテリ」
─── ギョロォッ!
おずおずと口を開いたネコ科の獣人を、ティフォが
主要部族の招集は、ティフォがやってくれたけど、そこでなんかあったんだろうか……。
「そこがまた、狙いである可能性があるんですよ。みなさんが私刑に動き出した所を、政治犯として根こそぎ凶弾できるじゃないですか」
「「「ぐぬぬ……っ‼︎」」」
ソフィアはティフォの宝石を掲げ、優しく微笑む。
「でも、これだけ動かぬ証拠があるのですから、こちらも公の力を使いましょう。
─── 国際裁判で、帝国に異議を立てるだけです」
「……うーん、それだと相手が悪くないか? 今は帝国に同調する国も増えてるし、帝国の方針を完全に否定は出来ないだろ?」
タッセルなんかは王が帝国派に鞍替えしたし、おそらくこの南部アケルみたいに、帝国の息のかかった土地は多いだろう。
……下手をすれば、国際裁判にだって、すでに息が掛かってるかも知れない。
「ふふふ、最初から勝つつもりはありませんよ。ただ、帝国のやり方に疑問を投じる声を大きく出せばいいんです」
「……あっ! その過程で知事の企ても明るみにして、アケル自体に『帝国支持』が、禁句になるようにすればいいのか!」
「はい! 一介の州知事ひとりやっつけても、余計に厄介な後釜がついたら、目も当てられませんから。帝国派の意見を、出し辛い風潮にしてしまうんですよ。
─── アケルの獣人族と、多くの人間族にとって、帝国派は良いものではない。と」
知事の強引な方針が、逆に帝国派の方針を、筋の通らない事だと証明しているようなものだ。
それに勝てなくても、敢えて国際の場で争えば、小規模な地方裁判のように、揉み消される心配もない。
ソフィアの先を見越した闘い方に、流石の獣人達も牙を納めたようだ。
すでに世界に散る、獣人族のネットワークから、何処の国に支持を持ちかけるかまで話し始めていた。
「ん、みな、ソフィの話は、わかったな? あとは、知事ほんにんの、話だが。
─── あれは、人間では、ない」
獣人族全員の動きが止まった。
ティフォは腕を組んで、フンスと反り返ると、さらに言葉を続けた。
─── さいじょーいの、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます