第二話 誘拐事件
「…………また、掛かりやがった……!」
暗闇に白い光の柱がひとつ、焚き木の爆ぜるような乾いた音を小さく響かせ、ぼんやりと浮かび上がった。
見張りの一人が声を潜めてそう言うと、同じくその様子を見ていた複数の男達が、身を乗り出して拳を突き上げた。
「アニキ! あんたスゲエよ! アンタの言ってた通りじゃあねぇか‼︎」
「……これで、これで見張りの数をグッと減らせるね!」
「ああ、枕だって高くして眠れるってもんだぜ」
男達は目を輝かせ、でも目を伏せたまま、俺の事を至近距離で囲み、尻尾を
あ、これ……たまに街で、猫にやられるヤツだ。
「お……おう」
野郎どもに喉ゴロゴロしながら囲まれるのは、非常にアレだが計画は成功。
戸惑いつつも皆と喜びを分かち合った。
─── 今やってたのは、魔術付与のお試しを兼ねた、村のアンデッド防衛策の実験だ
赤豹族への魔術付与をするにあたり、直接付与するには問題があった。
有効時間の限界─── 俺の魔力を多く込めれば、それだけ長く付与時間が伸びるが、俺が居なくなったら意味がない。
アンデッドに致死性の効果が高い、光属性の魔術を付与した魔道具を作り、彼らの魔力を利用する形が望ましい。
その実用試験として、俺は村を囲う堀を作り、光属性魔術を付与した仕掛けを考案した。
─── 堀の実験は大成功だ
ソフィアとティフォに頼んで、村の柵の外をぐるりと囲う、幅5met、深さ3met程度の堀を造ってもらった。(1met=1m)
流石は神の奇跡、ほんの数十秒で堀は完成、施工前の現場検証の方が遥かに時間が掛かったくらいだ。
俺はその堀の底に、村人達に作ってもらった鋭い竹槍に、魔石と魔術印を施して設置。
落ちたアンデッドが触れると、光属性の【
触れるだけで術が発動するのに、わざわざ竹槍を仕込んだのにも理由がある。
アンデッド以外の獣や魔獣が落ちた時に、暴れて魔術印を壊されないよう、さっくりと仕留める為だ。
その外周には人が落ちないように、ある程度の高さにロープやツタを張ってもらい、知能の低いアンデッドだけが落ちるように工夫もしてある。
夜になると、何処からともなくやって来るアンデッド達は、その後も次々に堀に落ちて、端から消滅して行った。
掛かったのがアンデッドだったら魔石が落ちてるし、野生の魔獣だったら素材が採れるしで、臨時収入も見込める欲張り仕様。
「オレ達の魔道具の方はどうだいアニキ! いつ頃出来そうなんだ⁉」
「今、婦人会のリタさんが中心になって、銀細工の得意な女性陣に大量生産してもらってる。
皆に行き渡るには三〜四日掛かるって言ってたが……。まあ、それまで待っててくれ」
罠の仕掛けに満足した彼らは、早く自分達の手でアンデッドを撃退したいらしい。
奴らには爪や武器が効きにくく、傷を負わされれば自分もアンデッド化してしまう。
─── 彼らのような接近戦専門には、かなり相性の悪い敵で、相当に苦い思いをしていたようだ。
俺は魔術付与の術式を、魔力と相性のいい銀細工で再現し、戦闘の衝撃に耐えられるよう、硬い素材にそれを埋め込む提案をした。
元々、銀細工は赤豹族の女達が担う、大きな収入源となっていた技術。
魔術付与の発動と魔力の運用の為の術式が組み込まれて、かなり精巧な作りだが、彼女達は問題なく再現している。
俺の提案は即座に形となり、銀細工技術に秀でていたリタのひらめきで、特に強度の面で改良を重ねられ生産に踏み切った。
─── 彼らの反撃も秒読み段階だ。
※ ※ ※
「黒いソフトハット……? ああ、君達二人をさらったって言う、あいつらの事か」
エリンとユニが悔しそうに
黒いソフトハットは、俺達がアンデッドの気配に気づいて駆けつけた時に、仲良く喰われていた奴らが被っていた。
その後に、森の中から迫って来た集団も、皆それを被っていて、大の大人がお揃いとかちょっと気持ち悪いなと思っていた。
「あたし達は、奴らにさらわれて、何処かに連れて行かれる所だったのよ。
…………奴隷市に連れてくって、確かに聞こえたわ。
でも、あたし達以外に運ばれてるのは居なかったし、馬車から何から、最初から準備されてたみたいで……」
「……不特定多数の獣人が目当てじゃなく、最初から君達が狙われてた疑いがあるって事か」
この世界には非公式ながら、奴隷の売買が存在している。
亜人の奴隷は人気が高く、特に獣人族の若い娘は、高額で取引されるらしい。
身体が丈夫でよく働き、魔術を使えない為、強制服従の呪いである奴隷紋を壊される心配もないからだ。
……後はその見た目に、一部、熱狂的な想いを持つ層も多いと言う。
それを思い出して、チラリと二人を見ると、頰を赤らめて目を伏せ、その恥じらいの仕草とは裏腹にピンと尻尾を立てている。
─── あ、いかん。ちょっと分かるかも知れない……
「ゴホンッ! あー、そいつらに報復したいのか?」
「……ちがう。アイツらの気配が、またこの近くに集まって来てるのよ。
何か起こるかも知れないから、あ、アル様に、迷惑……かけたくなくて」
「もしかしたら……あの人達は、同じ獣人族に雇われたのかもって、話してたの。
そうなると今、客人として滞在してるアル様にまで、何かしてくるかも……!」
同じ獣人族が彼女らを狙った?
何故、そんな足のつきそうな事を……。
「それって、本当は犯人の目星がついてるって事か?」
「「─── ッ‼︎」」
分かりやすいなぁ……。
尻尾がボワッてなったよ?
「─── まあ、俺も狙われる危険があるって言うなら、敵の事は知って起きたい。ここを出るにしたってさ」
あ、今度は尻尾がションボリした!
これで勝負好きとか、絶対ポーカーとかやっちゃダメな人種だぞコレ。
「……確信はない……ないけど
多分犯人は─── 」
※ ※ ※
─── オニイチャ、こっちは五人確保
─── おう、こっちも……五、六人か、確保した。ソフィアが先に何人か確保して、合流地点に引きずっていってるから、そこに向かおう
─── あいー♪ じゃね♡
…………(オラッ、立て、コラァ)…………(ギャーギャー)
……念話切れてねぇって、どっちが与太モンか分かんねぇよ。
まあいい、こっちもコイツらをサッサと連れて行かねば。
「オラッ、立てコラァ! キリキリ歩かねぇと口からひん剥いて中身裏返しにすんぞ、ッタラァ‼︎」
「「「ヒィィ……ッ‼︎‼︎」」」
黒いソフトハットの面々を、この村の周囲から探すのは、どんぐり拾いより簡単だった。
アラクネの元守護神ミトンから授かった、
混乱を避ける為に、とりあえず男達を村から離れた静かな場所に集め、尋問を開始する事にした。
※
「……なあ、お前ら。この中に『バリアントダガー』って知ってる奴はいるか?」
尋ねられる内容が余りに違うからか、男達の目に困惑の色が走った。
「はぁ? 何言ってんだオメェ、そんなもん俺達が知るわけがね……」
─── バシュッ! ギッ、ギイイィィ……ッ!
「「「ヒッ!」」」
不可視にしたまま触手を放ち、繁みの中でさっきからこちらを狙って居た、やや大型の肉食魔獣を死なないように突き刺した。
その血が垂れるのを、わざと男達に浴びせるように引っ張り上げて、俺の足元に押さえつけた。
いやに胴の長い、イタチに似た魔獣は、体をくねらせて暴れながら喚き散らしている。
─── ギイイィィ……ッ‼︎ ギッギギィッ!
「
そのハナっから否定しようとする口調は、何か俺達に話せない、後ろめたい事があるってわけだ。
……それに俺らが聞きたい事も、知ってるって事だよな」
「…………ッ⁉︎ な、何言ってやがんだ! 知らねえから知らねえって、言っただけだろうが!」
「あー、やっぱり知らねえか─── 【称賛のバリアントダガー】って。……こう言う刃物なんだけどよ」
さりげなく言葉に入れたダガーへの言霊は、俺の手にしっかりと返事を返していた。
一人大声を張り上げていた男の、その隣の男の胸倉を掴んで引き寄せ、ダガーを顔の前に近づける。
足元ではイタチ型の魔獣がわめき散らしていた。
─── ギイイィィッ‼︎ ギギギィッ!
「ヒッ……な、何だよ! そ、そいつを黙らせてくれ! 悲鳴が……悲鳴がうるさくて敵わねえ!
くそッ、何だってんだよ、この短剣が……」
「…………まあ、これをジィっと見ててみろ」
一番怯えながらも喚いていた男は、やや寄り目になって、不審げにダガーを見つめた。
─── ギギッ、ギイイィィーッ!
「─── う、うあぁッ⁉︎ な、なな、何だこれ! や、やめてくれ! そそそ、そんな……そんなもん見せねぇでくれぇッ‼︎
やめ、やめて! やめて下さいやめてください……ゥゲェボ……ッ」
それまでただ刃先を見つめていた男が、突然取り乱して吐瀉物をまき散らし、ブツブツ言いながら頭を抱えて震え出す。
「あーあ。壊れちまったよ。……こいつはもうダガーの説明は聞けねえなぁ」
─── ギイイィィッ! ギイイィィーッ‼︎
男達の体が、後ろに逃げるように、わずかに仰け反った。
俺はガセ爺雑貨店、高級呪い不良在庫の『バリアントダガー』の刃先を指で押し、たわむ様子を見せながら、このダガーの説明を誰にでもなく続けた。
「これは……とある古い国のな、拷問用に作られた道具なんだよ。
……この細い先が爪とか眼とか、色んな隙間に良く入りそうだろ?
数百年……随分と良い働きをしたらしくてな、コイツが出てくると、どんな悪党でも泣き喚きながら全部ゲロっちまったらしい。
─── 知りてぇよな、どんな道具なのか」
「し、しし、知りたくなんかねぇ! 早えとこ、そんなもんどっかにやれ!
そ、それよりコイツに何しやがった! ……テメェ後でどうなるか分かっt」
─── ギイイィィ…………ギ、アガああああああッ! あグがあああああああああッ!
俺の足元で押さえつけられた魔獣に、軽く刃先を触れさせただけで、獣の唸り声の質が弾けるように変化した。
さっきまでの怒りや威嚇の声から、苦痛に喘ぐ断末魔の如き悲痛な叫び声と化している。
魔獣の肌に触れていただけの刃先を退かすと、ジュウッと音を立てて細く煙が上がった。
─── 刃先の方からは、ドス黒い極細のミミズのような蟲がワナワナと大量に蠢き、ポトリ、ポトリと地面に垂れては煙を上げていた
「バリアントってのは『勇敢な』とか、そう言う意味がある。
……コイツに出会うまでに、秘密を黙り続けて来た奴の、そこまでの勇気と忍耐へのレクイエムなんだってよ」
─── ぐが…………ぎ………………
魔獣はピクリともしなくなり、叫びも止んでしまった。
地獄の苦しみを物語るように見開いた目が、ただただ地面の一点を眺め続けているが、呼吸に揺れる腹の動きは、そのまま繰り返されている。
「もう静かになっちまったけどな、コイツは死んだわけじゃねぇ。
蟲に脳を乗っ取られて、延々と脳内で地獄の苦しみを体験させられてるだけだ……ほら、
マイナスな感情に、魔力まで腐れ始めたって訳だ。
……いくら俺を狙ってたとは言え、流石に可哀想だ、もう寝かせてやろう」
そう言って魔獣の首をへし折ると、力を失ったその眼は、救われたように安らかに閉じられた。
死が救いとなる程の何かが、この魔獣に繰り広げられていたという実感を、男達はその姿から理解したのだろう。
─── カチカチカチカチ……
男達から奥歯のぶつかり合う、怯えの音が重なり出した。
「ああ、そうそう。先に壊れたお前らの仲間はな、蟲にやられた訳じゃねぇ。
─── このダガーに染み付いた、何千人って囚人の怨念を見ちまっただけだ。
心配するな……
「……は、話す、話すよ! なんでも……なんだって話すから、ソレだけは許してくれ……ッ‼︎」
一番最初に強がって喚いていた男が、泣きながら地面に頭を擦りつけると、そこにいた全員が同じようにすがり始めた。
─── オニイチャ、あたしが記憶奪えば、一瞬だったよ?
「んー? どう考えても常習犯だからな。脅かされる側の気持ちを、知っておくのもいいだろ?」
『鬼の髑髏』の俺の後は『仏の聖女』ソフィアが尋問を引き継いだが、彼らは我先にと今回の事件の真相を暴露していた。
※ ※ ※
「ってぇ事は、うちの孫娘をさらったのは、南方州知事の差金ってんだな……?」
ソフィアから説明を受け、赤豹族の族長は牙を剥いた。
黒いソフトハットの連中は、この密林国アケルの最南を治める『南方州』の、首長の政治的な狙いが絡んでいた。
簡単に言えば、州に与えられた権限で、この南方州の経済と宗教体制を帝国寄りに、変遷したがっていた人間族の州知事だ。
それを強く反対していたのは、人口の半数以上を占める獣人族達で、特に発言権の大きい複数の種族の弱体化を図ろうとしていた。
結束の強い獣人族とは言え、一枚岩ではなく、実はいくつかの派閥に分かれている。
そこに目をつけ、このアンデッド騒動の中、複数の事件を同じ獣人族内で起こさせようと目論んでいたようだ。
エリンとユニをさらった黒いソフトハットの男達は、州知事が直接雇った訳ではなく、州知事に色々と握らされた武力派の獣人族の差し金だった。
「髭犀族か……よぅし、
「まあまあ、お爺さん落ち着いて……。口調がプロの人になっちゃってますよ?」
ソフィアがそうなだめながら、族長の目を覗き込んでいる。
なんかみるみる内に族長が、大人しくなってるけど、あの女神なんかしたよねあれ。
「それに、証言だけで確実な証拠もなく、いきなり殴り込みをかけたら、思うツボかも知れませんよ?
武力派の
「……じゃあ、どうしろってんだ。泣き寝入りしろってのか?」
族長が不機嫌そうにソフィアを
「─── 眼には眼を、歯には歯を。
黒いソフトハットの彼らを、籠絡してみてはいかがでしょうか?」
〜〜〜〜アルフォンスのズダ袋の中〜〜〜〜
☆夢の世界の廊下、最奥の会議室にて
【夜想弓セルフィエス】
【称賛のバリアントダガー】
─── きゃっ、きゃっ!
─── 名前呼ばれちゃった!
【槍】
【斧】
─── うぬぅ……
【???】
─── うふふふふ……
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