第六話 盛ったよね?

 色々な事が一度に起こり過ぎて、その問題について俺は全く気がついていなかった─── 。


 成人の儀、魔力の爆発、魔術の禍々まがまが化。

 そして父さんの手紙で判明した、俺の両親の事とか。

 色々あり過ぎて、そんな事に頭なんか回らなかったんだ……!




 ※ 




─── アルフォンス成人の儀、その日の夜


 成人の祝いともあって、あんな惨状になったにも関わらず、ダグ爺の家で皆がお祝いをしてくれた。

 いつもより豪勢な食事に、ガセ爺の秘蔵の酒。

 その時間は、今日一日の衝撃など何事もなかったように、ただただ楽しく過ぎた。


 夜も更け、一人また一人と帰り、お開きとなった所で、俺も自分の家に戻る事にした。


 俺が暮らすのは、父さんの残した小さな家。

 最初はダグ爺と暮らしていたけど『生きる術』を養うため、俺は十二の頃から一人で暮らしていた。

 あの黒い、うねうね妹と一緒に。


─── いかん、元ウネウネの! 

……この美少女と同じ屋根の下にだと……ッ⁉︎


 寝室は一つ、ベッドは俺が使ってるのが一つと、父さんの使ってたベッドが納屋にしまってあるけど、ただベッドを分けりゃいいって問題じゃない。

 寝室は一つなんだッ!


 ガセ爺の火酒かしゅが相当気に入ったのか、ティフォはリビングのソファの上で酒ビンを抱え、座ったジト目でクピクピと飲んでいる。

 もうかなりの量を飲んだと言うのに、頰が薄っすら赤らんでいるくらいで、乱れるでもなく機嫌良さそうに尻尾(触手ども?)を揺らしていた。


「あー、その……なんだ、ティフォ。寝室のベッドはお前が使え」


「ん? どして? そのだと、オニイチャ、いっしょに寝ないってコト?」


「あ、ああ。俺はここに父さんのベッド持ってくる。ちょっと手狭てぜまになるけど、旅にも出るからな、間に合わせで充分だろ」


「なぜ? いっしょに寝ればいー。今までもそうしてた」


「こ、これからは無理だろ⁉︎ だってお前、そんな姿に!」


 ティフォの両手が俺の頰を優しく挟んだ。

 移動する気配も動作もなく、一瞬で目の前に接近していた。


「あたしが『』になっちゃったから? オニイチャ、キンチョーしてる?」


「あ、当たり前だ!」


 ティフォはキョトンとして、それから頰を染めて微笑んだ。

 潤んだ目、わずかに口角の上がった、瑞々みずみずしい唇。


 ……可愛いとか、可愛くないとかのレベルじゃない。

 【魅了テンターション】の魔術でも使われてしまったのだろうか、俺の頭は考える力を失っていた。


「そんなに意識してくれるのは、うれしい。

でもねオニイチャ、あたしは何も変わってないよ? オニイチャのそばが、一番おちつく」


「お……おう!」


「だから、今までどーりに、?」


「お……おう!」


 ん? 俺今、肯定しちゃったよな? どこからどこまでに対してじゃあなく、ただ肯定しちゃったよな?


「じゃあ、そろそろ、オニイチャ……」


「お、おう!」


 敗北だ、完全敗北だコレ。

 免疫? んなもんあるわけがないだろ、女の子と関わった記憶など、五歳以降は皆無なんだ。

 里には女性と言ったら、アーシェ婆とセラ婆がいただけなんだ。


 ティフォに手を取られ、情けなくも寝室に連れて行かれてしまった。


 ようやく考える力が確保出来たのは、ベッドに二人腰掛けた時だ。

 いくらなんでもティフォの今の格好はマズイ、色々とマズイ、ほら1日着てた服で寝るとかね。

 うん、エロいからとかじゃないよ? そんな事、そんな事は、か、考えてないんだから!


「あのさ……ティフォ、せめて寝間着ねまきに着替えた方がいいんじゃないかな……えっと」


 女の子の寝間着って、どんなんだっけ? 


 そう言えば、まだ父さんと旅をしてた頃、宿泊した酒舗しゅほの主人の娘姉妹が着てるのを見た事があったっけ。

 薄いリネンのワンピース、ネグリジェってやつだっけか。


 あんなの家にはもちろんないけど、俺のシャツくらいなら代わりに……。


「ん、こう?」


 そこまで考えた時、ティフォがベッドから降りて俺の前に立った。

 目の前には、今しがた思い出していたものと、そっくりそのままの寝間着に袖を通したティフォがいる。


「へ? それ……」


「魔力で織った」


 あ、ああ、そうなの……。

 流石神様ともなると、物質生成とかお茶の子さいさいなのね……って、そこじゃない!


「えっと、何でティフォがその寝間着を知ってるんだ? それは俺がお前と会う前に見かけたものだ」


「ん? そのオニイチャの記憶を参考にした」


「俺の……記憶⁉︎ お、お前、俺の思考が読めるのか⁉︎」


「ううん。しこーを読むのは、まだちょっと大変、これはオニイチャと、最初に会った時にもらった記憶だよ?」


 俺と最初に会った時? 血を吸われた時の事だろうか。


「あげた覚えはないんだが……」


「ああ、そっか。人はそう言うのできないんだった。

けっこう色んな生き物がふつうにやってるよ? 食べた相手の記憶をもらうのなんて」


 はい? 俺を食べたの? 

……って、ああ、俺の血の事か。


「なるほど。俺の血から記憶を得たのか……」


 簡単に納得できる事じゃあない。

 そんな事は初めて聞いたから、正直困惑だらけだが、いちいち驚いていたらこの子の近くで生きていけない気がする。

 なるようになった、そうしておこう。


「ほら、おかーさんのクモが、生まれたばかりの子グモたちに、自分を食べさせたり、する。あの時に巣の作り方とか、敵のしゅるいとか、ゴハンの事とか知識をわたしてる。魔物なんかも、そーいうの、やってるよ?」


「……じゃあ、ティフォは俺の魔力を食べてるんだよな。今も俺の記憶は、その魔力から継続的に知られてるって事か?」


「ううん。記憶は、魂と肉体に残ってるから、魔力からは得られない。

今はオニイチャの血とか肉はいらないけど、せんめーに何かを伝えたい時は、そうすると早いし確実」


 良かった。

 記憶ダダ漏れだったりしたら、俺が一瞬でもティフォに興奮しかけた事とか、これからの恥ずかしい思いが筒抜けになる所だ。

 血を与えれば記憶共有できるのは便利だが、ちょっとそれは控えておこう。


「そっか。お前はあの頃の俺と、同じ思い出を持ってるのか……」


「……オニイチャは、イヤ?」


 自分の思考が筒抜けってのはイヤだけど、当時の孤独だった俺の事を、こいつと分かち合えてたと思うと何故だか妙な安心感と言うか……。

 本当に孤独ではなかったのかも知れないな。

 そう思えてならなかった。


「嫌じゃない。なんか、ちょっと嬉しく思っただけだ」


 ティフォはわずかに首を傾げた後、またニッコリと笑った。

 ……この破壊力には、慣れそうもない。


 でも、こいつとは案外上手くやっていけるかもしれないな。

 今までも一緒に暮らしていたんだし。

 そんな事を思った時、ティフォが俯いてモジモジし始めた。


「……あのねオニイチャ。今日はみんながいたから言えなかったけど、じつは秘密にしてる事があるの」


「ん? なんだ?」


 モジモジしてるのも可愛いなぁ。

 寝間着のせいか、本当に普通の女の子に見えるし、これが俺の妹なんだと優しい気持ちが芽生え始めていた。


「んとね、オニイチャのけーやくを解決する確実な方法があるよ。それなら今すぐできる」


「……! そんな方法があるのか⁉︎」


「魔力を取りすぎる危険もないし、時間もかからない。うん、やっぱりこの方法が一番なのかも」


 ティフォの表情に、強い意志の様なものが宿った。


「そんな方法があるなら、やってみるか!」


「うん。ヤルべき☆」


─── ビッシィッ!


 ティフォの触手が、俺の両手に絡みついた。

 彼女はうつむいて、その目元が前髪に隠れている。


 俺の手を縛っている触手が、グイグイと強く締め付け、残りの触手がわさわさと俺の目の前で踊り出した。


「……えっと、あのね、ティフォちゃんや。ちなみにその方法って何なのか、具体的にお兄ちゃんに教えてくれないか……な」


「簡単だよ……」


 俺の体があっけなくベッドに横たえられた。

 わあ、俺の妹って力持ちだなぁ。

 そんな事を思っていると、ティフォは寝間着の裾をひらめかせながら、ゆっくりと俺の上に浮かび上がる。

 目はジッと俺を見つめていた。

 

 赤い瞳が妖しく光る。


 目の前に踊る触手の一つが、グチュリと音を立てて変形する。

 きっと俺の脳が危険を察知したのだろう、どういう仕組みかは分からないが、その部分にモザイクが掛かった。



─── オニイチャをね…………はら ま せ る ん だ よ……



「…………ッ‼︎⁉︎ い、イヤアアァァァーッ」


「あたしとオニイチャがつがいになれば、オニイチャは強制的にあたしの契約下に堕ちるッ!」


─── ビリリィッ!


「……ヒィッ! け、契約下にってなんだそりゃ!」


 ティフォが視線でなぞっただけで、俺の服が引き裂かれた。


「オニイチャは男の子だけど、だいじょーぶ。あたしのモノになってしまった方が、きょーせー力も強いし、かくじつ……」


 モザイクの下から、流れ出る透明の粘液が、俺の露わになった胸元へと、ボタボタと滴り落ちる。


─── グイッ!


 残りの触手が俺の足首を掴み、ガバチョと広げた。


「ヒイイイッ!」


「さあ、オニイチャ! 強い運命に抗うには、きせーじじつ! きせーじじつでモノを言わせようよ、オニイチャァッ!」


「や、やめろおおおぉぉぉーッ‼︎‼︎」



─── その頃、隣に住むダグ爺は、外から聞こえる絹を裂く様な悲鳴に目を覚ました


「ふふふ……若いのう……」


 そう呟いて、ダグ爺はまた眠りについた。

 老人の夜は早いのだ。


数分後 ───



「はあっ……はあっ……はあっ……」


 俺は肩で息をしながら起き上がった。

 顔に絡みついた粘液が、拭う手から糸をひいた。


「うう……オニイチャ……す ご い。こんなに早く……」


 途切れ途切れにティフォがうめく。


「はあっ……はあっ、あ……危なかった!」


 壁にめり込んだティフォの額からは、しゅうしゅうと煙が立ち昇る。


「オニイチャが、こんなに早く……魔力を使いこなすとは……むねん」


 俺の花が散らされようかというその間際。

 完全無詠唱で、魔術を操れる様になった事を思い出した。

 手足の自由を奪われたまま、ティフォの額に魔力で作り出した手で、フルパワーのデコピンをねじり込んだ。


 即座の判断力は、この里で鍛え上げられた『生きる術』の賜物たまものと言えようか。


 ティフォが意識を手放し、触手が解けてようやく解放された俺は、無言でティフォを簀巻すまきにすると廊下に放り出して眠りについた。


 なんて永い一日なんだ……。

 そうしてすぐに俺は深い眠りに落ちたのだった。




 ※ ※ ※




─── 翌朝


 悪夢の様な夜を迎え、今、俺は早朝の庭に崩れ落ちていた。

 辺りにはキラキラと光る金属片が散らばっていた。


 俺の異変は魔術の他に、もう一つあった事が判明したのだ。


─── 武器が持てない


 正しくは武器を扱おうとする度に、手にした得物えものが粉々に飛び散ってしまうのだ。


 それは日課である、朝の鍛錬を開始してすぐに判明した。

 剣を持つだけなら問題がない。

 しかし、素振りをしようと上段に構えた瞬間、頭上で柄を残して砕け散ってしまった。


 経年劣化だろうか。

 取り敢えず納屋の中から、いくつかの剣を持ち出し、当座の一本を選ぶべく具合を試す事にした。


 そして、結果はさっきの通り。


 ことごとく砕け散ってしまった。

 最初の数本は同じく振り被った時に、残りは握り具合を試そうと力を込めた瞬間に砕けた。


 俺は納屋に駆け込むと、そこにあったありったけの武器を持ち出し、庭に山積みにした。

 かつてガセ爺の下、武器製作も修めていたから、その間の試作品は腐る程あった。


─── ところが……


 片手剣、両手剣、曲刀、サーベル、短剣、ナイフ、ダガーを始め。

 片手斧、戦斧、槍、ハルベルト、十字槍、メイス、杖、鞭、スパイクシールド、弓、ボウガン……etc.


 それら全てが俺の手の中で、甲高く、重苦しく、時に軽い音を立てて散って行った。


 その場にへたり込んでいると、背後に気配を感じた。


「いよう! アル坊! なんじゃ店の武器達が騒いでおるから出てみれば、お前さんの仕業じゃったか! かわいそうな事をしおって! わははは‼︎」


 ガセ爺は武器の声が聞こえるらしい。

 ドワーフだからか鍛治の達人だからかは分からないが、彼は素材の声も聞く事ができ、武器には人格が存在すると言っていた。

 どうやら俺の武器達の悲鳴を聞き、ガセ爺の所の武器も騒いでいたらしい。


「……ガセ爺、俺どうしよう……武器が、武器が持てなくなっちまった」


 物心ついた時から、武器の扱いに慣れ親しんだのだ、それが出来ないとなると激しい喪失感に苛まれていた。


「何を情け無い声を出しておるんじゃ! ちょいと手を貸してみんか! わははは‼︎」


 俺の右手をガセ爺のゴツゴツとした掌が包む。相変わらず岩の様に硬い掌は、長年鎚を振り続けたタコで人の手とは思えないものの、温かく優しい手だった。


「アル坊! 中段に構える意識じゃ! 儂の手を一本の剣に見立い!」


「……! わかった」


 俺は立ち上がり、ガセ爺の言われる通り、剣の切っ先にまで意識を行き渡らせるように構えた。


「……クッ! ほうほう、これは中々に悪辣あくらつなもんじゃな! わははは‼︎」


 ガセ爺は手を離すと、顔をしかめてその手をプラプラさせた。


「一体……俺の身に何が起きてる?」


「ふうむ。時にアル坊、お前さんは何故、人が自分よりも遥かにデカイ魔獣や魔物を、剣で両断できると思う?」


 ガセ爺が腕を組み、少し俯くと目を固く閉じている。

 修行時代によく見た、俺に難問を投げかける時の顔、普段は見せない専門家の顔だ。


「ひとつに武器自体の硬度と弾性と形状、刃の鋼の硬度と性質。それを扱う者の筋力や動き、それを確実に伝え、増幅させる形状……」


「一般的にそうじゃが、単に剣自体の強度に対し、大型の魔物の体を両断するには、かなりな力と衝撃に耐えねばならん。単純な物理として、それだけの事が叶う剣は相当な業物わざもの

しかし、剣の達人はそれがなまくらであっても、時にただの棒切れでも成し遂げる馬鹿がおる」


「……闘気……か」


「左様。闘気とは、武力に働きかけんとする意思に反応した魔力。お前さんやダーグゼインが棒で打ち合う時も、明らかに闘気と分かる形で発動しておったじゃろう」


 そう。ダグ爺からの最終試験となった棒術の際、俺達は息をするように闘気をまとわせ、強度や弾性を向上させてこんを振るっていた。


「しかし、闘気と分かる程、強く魔力を変換できる者は少ない」


「……そうなのか?」


「アル坊、お前さんは中々に非常識な環境にあったと思った方がええぞ?

何せ剣に関しては、幼い頃からイングヴェイに手解きを受け、その後は軍し……いや、ダーグゼインからの特訓を何年も受け続けて来たからのう」


「…………」


 実際の所、父さんもダグ爺も、どれだけの位置にある強さなのかは分からない。

 二人とも驚く程無駄のない理論と、底の知れない引き出しの深さがあった。


 ……ただ、俺はそれ以外の遣い手を知らない。


「何が言いたいか。つまり誰しもが強い弱いはあっても、意思を持って武器を持つ時には、必ず闘気として魔力を運用している事実。

そして今のお前さんは、その魔力の圧力が高過ぎて、武器の材質が負けてしまうと言う事じゃ」


「…………!」


 得心がいった。

 昨日の魔術実験でもそうだったが、俺は魔力を抑えたのにも関わらず、魔術の威力は想像を絶する破壊を生んでいた。

 武器を持つ時も、無意識の内に魔力を闘気に変えているのであれば、俺の想像を超えて暴れているのかも知れない。


「じゃ……じゃあ、意識を出来る限り散漫にして、武器に闘気を注がなければ!」


「それじゃあ、ただの刃物をもった阿呆じゃろ! 闘う事もかなわん! わははは‼︎」


 そりゃそうだ。

 無意識で運用されてるのを止めるには、闘う意思すら捨てなければならない。


 武器は……諦めるか……。

 いや、そうなると旅の途中、危険な目に遭った時、魔術に頼れば昨日のあの惨劇を繰り広げる事になる。

 とんだ破壊神だ。


「なぁに、儂に考えがある! ちょっとここで待っておれ! わははは‼︎」


 そう言うと、ガセ爺は来た道を戻って行った。


 そのままボーッと座り込んでいると、うちの玄関のドアが開き、ティフォが出てきた。

 昨夜、確かに簀巻すまきにしたはずが、何故か朝には俺の布団に潜り込んでいたんだよなぁ。

 隣に居た事にひるんだが、とりあえず何かされた形跡はなかったので、そっと置いてきた。


「……ふぁ。おはよう……オニイチャ」


 まだ寝ぼけているのか、あくび混じりにそう言う。


「……よう。淫魔」


 色々と武器について考えながら、宙を見つめたまま、なんの思いもなく口をついて出た。


「……お、オニイチャに……き、嫌われた……‼︎」


 目を見開き、ティフォが地面にへたり込んだ。


「どどど、どーしよう。オニイチャに、オニイチャに嫌われ……う、ううっ! えぐっ」


 嗚咽おえつが聞こえてようやく正気に返り、思わずティフォの両肩を掴んだ。


「あ、あー、嫌ってない。嫌ってないから泣くな!

……その、淫魔は言い過ぎた。ちょっとショックな事があってな、悪意は何にもない、口をついて出た冗談だ。済まなかった」


「ほ、ほんと? 昨日の事、もう怒ってない?」


 昨夜のあの時は性獣のソレだったが、今は不安に震えて泣くただの可愛い妹だ。


「ああ、昨日のも怒ってたんじゃない、その……やり方がアレだし、強引だったからな。

身を守るためにした事だ、許せ。

それに、やり方は問題だが、あれはお前が俺の事を考えてくれての事だろ?」


「うん…………でも、ほんとのほんと? 怒ってない?」


「ああ、怒ってないよ」


「もうしないから、オニイチャが本気でイヤがってるの分かったから、もうしないから! これからも一緒にいてくれる?」


「ああ、いいぞ……ゴフゥッ!」


 神速のタックルが突き抜けた。

 地面に俺の長い靴跡を残して、かなり後ろに押し込まれたが、俺は兄だ、受け止め切ってみせた。


「オニイチャーッ! オニイチャーッ! うおおおっ!」


 ものすっごく、頭を俺の鳩尾みぞおちにグリグリ擦り付けてくるティフォ。


「ははは! こやつめ、はははは!」


「……なんじゃお前らは、武器が使えんからってレスリングでも始めたか! わははは‼︎」


 いつの間にかガセ爺が戻っていた。

 その手には数本の剣が束になっている。


「ほれ、いくつか見繕ってきてやったぞ! これならお前さんの闘気に抗えるじゃろう! まったく、需要の少ない品じゃから、倉庫の奥におって探すのに苦労したわい! わははは‼︎」


「ありがとうガセ爺、助かるよ……って、うん? これは……」


 その内の一本を手に取ると、何だか違和感に襲われた。


 特に何の装飾もなく、取り立てて見た目には特徴のないその剣を通して、何か小さなつぶやきが聞こえてくる。



─── ……ォ ォ ォ ォ ォ ォ……



「おお、流石に気がつくか! それはじゃな……」



─── ……コロセ……ス ベ テ ヲ……コ ロ セ……



「呪われてるじゃねーかッ‼︎」


 慌てて離そうとしたが、手が開かない。

 ピタリと吸い付いたように、俺の手が妖剣と密着している。


「ええから、早う振ってみんか! 儂を信じろ! わははは‼︎」


「……くそッ、これ後で外せるんだろうな……?」


 ボヤきながらも剣を手に取り、上段に構えて切っ先まで意識を行き渡らせる。


 全く砕ける気がしない。

 それどころか、初めて握った得物だと言うのに、まるで自分の身体の一部のようにしっくり来た。


 今は砕ける不安も、己への恐怖も鎮まって、ただただ剣を振る事に意識が統一されていくのを無心の内に受け入れていた。


「セイッ!」


 全身に満たされた闘気が、自然と流れ出すように、全てが一体となった時、俺は剣を振った。


─── ピュンッ!


 上段から一気に振り下ろした剣は、丹田たんでんの先の空間にビタリと静止する。

 剣風が辺りに散らばっていた武器の破片を、キラキラと宙に舞い踊らせた。


「……こんな……こんな一体感は……初めてだ!」


 思わず手にしていた剣を顔の前にかざして見つめた。



─── 剣身とつばの間に、苦しげな女性の顔が浮き出て、血の涙を流している



「……悪化してるじゃねーかッ!」


「じゃが、お前さんの力を受け取り、お前さんに力を返す人剣一体の境地にあったじゃろ?」


「それは……確かに。一体これはどんなめいのある剣なんだ?」


「あん? 銘? そんなもんないわ、二束三文の剣に、呪いが掛かっただけの不良在庫じゃ! わははは‼︎」


 そうは言うものの、剣身は見ているだけでも光輝き、結露でもしているかのような名剣の雰囲気がある。


「それはお前さんが、そうさせとるだけよ。そもそも呪われた剣の大半が、扱う者の魔力や生命力を喰らう厄介なもんじゃ。その代わり、そのスペック以上の働きをもたらすハイリスクハイリターンな武器が多い。

……だが、お前さんの場合には、その性質が面白いようにハマるじゃろう」


 なるほど! 普通の武器だと、強すぎる魔力は武器を滅ぼすが、呪われた武器ならばそれを力に変える。

 発想の転換か! 流石は武器のスペシャリストだ!


「ただのう……それを外すには【解呪ディスプ】か【祝福ベンディス】の魔術が必要じゃろうが……今のお前さんはやめといた方がいいのう。後でセラ婆にでも頼むといい。

うーん、その辺りも考えて、ちょっくら打ってやるかのう」


「え! ガセ爺が剣を打ってくれるのか⁉︎」


「おう! 可愛い弟子の門出じゃ! 武器と防具一揃い、お前さんのために用意してやるわい! 代わりにお前さんは素材の調達じゃな! 覚悟しておけよ! わははは‼︎」




 ※ ※ ※




─── ようやく、ここまで話せたね


 そう、今のぼくには普通の装備じゃ耐えきれないんだよ。


 ここから一年間、俺は旅の準備の為に道具や装備をそろえたり、里の為に力仕事をしといたり。

 魔術も改めて調整し直してたりね。

 そうして一年後、ぼ……俺は里を後にして、この旅を始めたわけさ。


 あれ? なに笑ってるの?

 え? なに? 『今、自分の事をぼくって言った』って?


─── 所でさ、このお酒、なんか盛った?


 ぼく……いや、俺さ、喋りすぎてない? なんか……口調が思う通りにならないんだよね……。

 さっきからね、変に体も熱くなってるんだけど……。


 あれ? なにその顔、やっぱなんかしたよね⁉︎


 ……だいたい君ってヤツはねぇ!

 ちょっと! こっちみなさいって!

 


『【アルフォンス・ゴールマインの懺悔】より』

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