第88話 お嬢と冥土

 メイドの102トウフさん……ではなく、今はコックの102トウフさんは、アシスタントである調理ロボットに命令をしていた。

 オムライスを作りなさい、と。

 何だか心配でキッチンを覗き込んでいたが、どうやらあの調理ロボットはかなり高性能らしい。

 二つのアームで上手に卵を割ったり、フライパンを揺らしたりと人間にも劣らない繊細な動きをしている。

 ひとつ気になることがあるとすれば、途中から102トウフさんの方がロボットに命令されていたことだろうか。

 あれを持ってこい、それを取ってこいと言われるがまま動く様は、やはりコックというよりアシスタントだ。

 本人がその気になっているのなら、機嫌を損ねるのも良くないので指摘し直したりはしないけれど。


「お待たせいたしました」

「オマタセイタシマシタ」


 しばらくすると、大皿に乗ったオムライスがテーブルへと運ばれてくる。

 命令されたことを忠実にこなしたからなのか、見た目こそはとても普通であるものの、逆に欠点が見当たらず非の付けようがないとも言える。

 程よくドロっとした卵が、照明を反射して輝いているようにさえ見えた。


「では、いただきましょう」


 瑛斗えいとが腰を下ろし、紅葉くれは麗子れいこは何やらジャンケンをした後、前者が隣に座った。

 後者は向かい側に座り、それぞれ手を合わせていただきます。そんな様子をロボットと102トウフさんは立ったまま眺めていた。


102トウフさんは食べないんですか?」

「私は後ほど。お嬢様方が食べ終わった後にいただきます」

「でも、確かさっきオムライスは四つ作ってましたよね。冷めちゃいますけど」

「メイドとはそういうものですから」


 出来るメイドさんな彼女が言うならそうなのかもしれないが、やはり温かくあるべきものは温かく食べるのが一番美味しい。

 それをわざわざ冷めるまで放置するというのは、それはそれで食べ物に対する侮辱のような気もする。

 本人がいいなら構わないが、やはりどうせ見ているだけなら、一緒に食べた方がいいと思ってしまった。

 そんな気持ちが透けて見えたのかもしれない。麗子はスプーンを置くと、小走りでキッチンの方へと入っていき、オムライスと新しいスプーンを持って戻ってくる。

 それを自分の隣の席に置くと、イスを引いて「102トウフ」と呼んだ。


「お嬢様、しかし……」

「いいから座りなさい。お父様の前では、こんなことはしたくても出来ないでしょう?」

「……」

「瑛斗さんに気を遣わせるつもりですか?」

「……ふふ、ありがとうございます」


 お嬢様が引いたイスに腰を下ろすメイド。普段とは立場が正反対ではあるが、何だか二人とも嬉しそうに見える。


「前から思ってたけど、二人って仲良いよね。メイドさんとお嬢様なのに」

「確かにそうね。私も不思議に思ってたの、白銀しろかね麗子れいこのことを全部わかってるって感じ」


 102トウフさんが出来るメイドさんだからの一言で片付くような、単純な話ではないような気がする。

 賃金という軽薄な繋がりとはまた別の、もっと相手を理解しようと思えるような繋がりがあるような――――――――――。


「さすがはお二人ですね」

「ええ、メイドとしての立ち振る舞いは完璧であると自負していますが。見破られるとは」


 二人は顔を見合せてクスクスと笑う。何やら、意味ありげな表情だ。

 お互いに少しの照れが見える。まさかとは思うが、この二人の関係というのは……。


「……二人、付き合ってるの?」

「ど、どうしてそうなるのですか?!」

「私はお嬢様に一生仕えるので、もはや結婚したも同然だと思っていましたが」

102トウフも余計なこと言わないでください! 瑛斗さんに勘違いされたらどうするんですか」

「それはお嬢様が瑛斗様とそういう関係になりたいということでしょうか」

「しーっ! 今はまだその時ではありません!」

「おっと。それは失礼いたしました」


 何だかワチャワチャしているが、さりげなく好意を伝えられたような気もする。

 しかし、必死に102トウフさんの口を押さえようとしている姿を見るに、こちらから聞き返すなんて野暮なことはしない方がいいだろう。

 瑛斗はそう思いつつ、こっそりと椅子を寄せてくる紅葉の頭を撫でながら、コンビ名『お嬢と冥土』のコントが終わるのを待った。


「ふぅ。102トウフは少し気が緩み過ぎです」

「申し訳ありません」

「許すのも旅行の間だけですからね」


 何だかんだ穏便に片付いた後、座り直した麗子はオムライスをひと口食べてから話を本筋へと戻してくれる。


「私たち、元々幼馴染なんです。正確には、メイドになるために幼馴染になったと言うべきかもしれませんが」

「どういうこと?」

「それには家柄が絡んでいて―――――――」

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