第86話 長旅の終わりがいいものとは限らない

 次のサービスエリアに紅葉を何とか間に合わせた後、動き出した車内で瑛斗えいとは少し気になっていたことを聞いてみることにした。


102トウフさん、どうしてあんなものを持ってたんですか?」

「あんなものと言いますと?」

「工具です。普通持ち歩きませんよね」

「ああ、そのことですか。武器ですよ、武器」

「……武器?」

「ええ。頭のネジを閉め直さなくてはならない輩が、時折お嬢様を狙いに来るので」

「……なるほど」


 別の意味で締め直し用というわけだ。直すというか、壊すと言うべきな気もするけれど。

 麗子れいこに彼女のようなメイドさんがついているのも、気軽にお出かけすることにすら気を使わなければならないことを考えれば納得だ。

 いつ呼んでも駆けつけてくれる辺り、いつも麗子の傍にいてくれているし、彼女もそれをわかっているのだろう。

 主従関係というより、信頼関係と言うべきなのかもしれない。そこに突っ込んでくる刺客は、実に可哀想だ。

 そんなことを思いながら、想像の中でメイドさんに投げ飛ばされる悪人を哀れんでいると、瑛斗の心を読んだかのように102トウフさんが口を開く。


「それでも、私一人ではまだまだですよ。ギャングが襲ってくれば、さすがに相打ちになるかと」

「……相打ちには出来るんですね」

「死んでも主は守るつもりですので」

「ふふ、さすが私のメイドです」


 いくら超人でも撃たれれば死んでしまうだろうけれど、何故か102トウフさんなら敵を全員倒すまで動き続けそうだなと思ってしまった。

 ここまで良くしてもらった手前、そんなバッドエンドは迎えて欲しくないけれど。


「ところで、東條とうじょう様は大丈夫でしょうか。先程から声が聞こえませんが」

「あー、大丈夫だと思いますよ」


 102トウフさんに言われて隣へ目をやると、彼女はぽっかりと口を開けながら眠っていた。

 アイスクリーム屋の件と腹痛の件で疲れてしまったのかもしれない。

 車が小さな段差の上を通る度に体が揺れている。頭をぶつけては危ないので、ドアの方へと傾いている体をそっと自分の方へと引っ張り、肩を枕として貸してあげることにした。


「あ、東條さんだけズルいです」

「幸いにも肩は二つあるね」

「お借りしても?」

「高く付くよ」

「うっ……これで足りるでしょうか……」

「え、何その札束」


 瑛斗は冗談に対して本当に差し出されたお金を押し返し、言うまでもなく無償で肩を貸してあげる。

 ただの旅行にこれだけのお金を持ってくるとは、お金持ちゆえなのか、それとも持っていなければ不安なのか。

 もしも後者なのであれば、そういう気持ちを溶かしてあげることも友達の役目だと思う。

 肩にトンと乗った心地よい重さを感じながら、瑛斗は心の中だけでそう呟いた。


「到着までもうしばらくかかります。のんびりなさっていて下さい」

「お言葉に甘えさせてもらいます」

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 それからどれだけの時間が経ったかは分からない。名前を呼ぶ声で目を覚ますと、クールな瞳が目の前にあった。


「……びっくりした」

「到着ですよ、狭間様」

102トウフさん。起こしてくれたことは有難いですけど、もう少し離れてください」

「あまりに深く眠っていたようですので」


 彼女はそう言うと、表情を一切変えないまま後部座席を離れて外へと出る。

 瑛斗も隣に紅葉たちがいないことを確認した後、外に出て思いっきり体を伸ばす。

 久しぶりに足を伸ばしたからか、少しふらついてしまったところを102トウフさんが支えてくれた。

 それだけなら申し訳ないで済んだのだが、目の前にあった大きな一軒家からちょうど麗子が出てきたのが良くない。

 彼女は「もう、瑛斗さんはいつまで寝て……」と言いながらこちらに視線を向け、そして固まった。


「……」

「……」


 沈黙が語るものは他でもない、驚愕と従者に対する怒り、そして嫉妬。


「……何をしているのですか、102トウフ


 完全に疑いの目を向けられている。すぐに誤解を解かなければならないが、何と言えば伝わるだろうか。

 足がもつれただとか、ふらついてしまったと言えば……いや、実際抱きついている状況なせいで何だか嘘っぽくなりそうだ。

 彼があれこれ考えを巡らせていると、102トウフさんが「申し訳ありません」と先に口を開いた。

 彼女なら上手く伝えてくれるだろう。これまで見てきた姿から、そんな信頼を覚えていたのは確かだ。

 まさか、それを裏切られることになるだなんて、夢にも思わないほどに。


「狭間様が突然私に」

「なっ?!」

「瑛斗さんがそんなことを?!」

「違うよ、ちょっと転びかけただけで……」

「私にぶつかってくる方もよくそう言います!」

「え、スリと一緒にされてる?」


 信頼されているものだと思っていたが、こんなことで崩れるほどヤワなものだったらしい。

 瑛斗は隣で口元に手を当てながら、どことなく意地悪な表情を浮かべているように見える102トウフさんを恨んだ。

 何だか、真面目なメイドさんの素顔を垣間見たような気がする。出来れば見せないままでいて欲しい一面だったけれど。

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