第85話 ソフトクリームと一期一会

102トウフ、工具箱を持っていませんか? この機械を修理したいのです」


 麗子れいこがそう聞くと、彼女は突然スカートの裾をたくし上げ始める。

 反射的に目を逸らしてしまったが、別に露出という特殊な趣味がある訳では無いらしい。

 恐る恐る戻した視線が捉えたのは、102トウフさんの脚に巻き付けられたベルトのようなものに収納されたいくつもの工具。

 こんなものを着けてこれまで普通に接していたのかと思うと、すごいを通り越してもはや少し怖いレベルだ。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「ええ、問題ありません」


 麗子はそれが日常の出来事とでも言うかのように頷いて見せると、「どこが悪いのか見てください」と伝える。

 指示に従い、彼女は太もも辺りのポーチからスパナを取り出すと、機械の前に屈んで様子を確認し始めた。


「……」

「……なるほど」

「何か分かりましたか」

「店主様、詳しく調べて見ても?」

「ええ、直るなら」


 店員さんの許可を得た102トウフさんは、早速別のポーチからドライバーを取りだして分解作業を始める。

 機械の外装を外し、その内部のパイプなども外して細かく中を確認していく。

 すると、出口に近い部分の部品の中を覗き込んだ彼女が、「おや?」と呟いて手を止めた。


「原因がわかったかもしれません」


 102トウフさんは駆け足で車の方へと戻ると、水の入ったポリタンクとホースを持って戻ってくる。

 そして、自らの肺活量によってホースの中へ吸い上げられた水を使い、問題となる部品を洗浄し始めた。

 まさに人間高圧洗浄機。2mほどあるホースをするすると水が登っていく様は、まさに圧巻の光景だ。そして。


「これで動くはずです」


 全ての部品を一寸の狂いなく取り付け直し、元通りよりも美しい姿で返ってきた機械を見て、店員さんは思わず感嘆の声を漏らす。


「中に入っていたものは、点検のために全て洗い流してしまいましたが……」

「元々撒き散らして中身なんてないようなものだったので大丈夫です! 材料はありますから!」


 店員さんはそう言いながら手際よくアイスの素を作り始めると、しばらくして完成したそれを機械へと流し込む。

 スイッチを入れ、ウィンウィンと小さな音を立てる機械。五人はじっと息を殺して冷却が終わるのを待った。


「……そろそろですね。行きますよ?」


 もし問題が無いのなら、レバーを捻ればソフトクリームが排出されるはず。

 しかし、瑛斗えいとたちは一度荒れ狂う姿を見た身だ。無意識に身構えてしまう。

 店員さんも少し腰が引けているようだったが、それでもコーンをしっかりと持って果敢にも機会を起動させた。

 ゆっくりと排出されるソフトクリーム。先端がコーンのそこに着地し、彼女の手腕によって美しく巻き上げられていく。

 そしてレバーを上げると、四重の末にとんがり山となったソフトクリームが完成した。


「……で、出来ました!」


 喜びのあまり天高く掲げられたソフトクリーム。それを見上げながら拍手する瑛斗たち。

 機械は無事に修理されていたのだ。何の問題もなく今日は業務を再会出来る。


「何が原因だったんですか?」

「出口付近のパイプに亀裂が入っていました。そこに恐らく一度熔けたソフトクリームが流れ込んでいたのかと」


 102トウフさんの見解をまとめると、機械内に亀裂が入っていて、溶けたものがそこに流れ込み、再度冷却されることで体積が少し膨らんで壁を押し広げてしまったらしい。

 それによりソフトクリームの流れが歪になり、逆流が発生することで不具合を起こしていた可能性が高いとのこと。


「機械内には他にも細かい摩耗の跡がありました。かなり長く使われているようですね」

「おじいちゃんの代から受け継いだものなので」

「古いものを長く使うことは素晴らしいことではありますが、維持には大変な労力が必要です。そろそろ買い換えることをおすすめします」

「……そうですね。またお客さんに迷惑をかけるわけにもいきませんし」


 店員さんは少し寂しそうに機械を撫でながらそう答えると、四人分のソフトクリームを無償で提供してから立ち去って行った。

 また別の場所で商売をするらしい。またどこかで会えるかもしれない、そんな気がする。

 これも旅の中の一期一会。そう思うことにして、彼らもサービスエリアを出発することにした。

 数分後、ソフトクリームでお腹を冷やした紅葉くれはがお腹を押えて苦しみ始めたことで、車内がパニックになるとも知らず。

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