第81話 三度の飯より準備が大事

 荷物の準備は完璧。中身を二度確認してからチャックを閉める。

 食べ物と飲み物もちゃんと用意しておいた。五度確認してキッチンの戸棚に入れる。

 そこまでしてもまだ不安だと、六度目のチェックをしようとしていた時、インターホンの呼び鈴が聞こえてきた。


「いらっしゃい」


 玄関へ向かうと、紅葉くれは麗子れいこが立っていて、その奥に停まっている車の中にはメイドの102トウフさんが見える。

 彼女がここまで運転して連れてきてくれたのだろう。色々とこなせる優秀な人だ。


「もう準備は出来ていますか?」

「準備の方は大丈夫。ただ……」


 家の中を振り返りながら言葉を詰まらせていると、紅葉が「伝えてきたら?」と言ってくれる。

 さすがそこそこの時間を共にしただけあって、奈々ななとまだ話していないという心の内がバレていたようだ。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 二人にそう告げて、小走りで廊下を引き返す。階段を昇って奥の扉へ駆け寄ると、深呼吸で気持ちを整えてからノックした。


「奈々、前から言ってた旅行に行ってくる」

「……」

「食べるものはキッチンの戸棚にあるのと、出前を取るお金も机に置いてるからね」

「……」

「ちゃんとお風呂入るんだよ」

「……」

「また連絡するね」

「……」


 今日も返事は無いけれど、聞いてくれているような気はする。気がするだけだが。

 けれど、それだけで十分だ。瑛斗えいとはもう他に言っておくことがないことを確認すると、静かにその場を立ち去った。

 その足で荷物を取りに行き、玄関へと降りる。もう残しているタスクはない。


「もういいのですか?」

「うん、何かあればメッセージで伝えるよ」

「じゃあ、出発でいいわね」


 紅葉のその言葉に頷いて、よく考えたら交通手段を決めていなかったことを思い出す。

 さらに言えば、泊まる場所も聞いていない。故にお金も支払っていないのだけれど……。

 そのことを伝えると、麗子は「いいんですよ」と首を横に振った。


「今日泊まるのは、白銀しろかね家の別荘ですから。宿泊費はなんと無料!」

「おお……」

「いい反応ですね」


 満足げに頷く彼女は、続いて車の方を振り返って車体の方を指を差す。


「そして、移動手段は車です!」

「なるほど。だから102トウフさんが紅葉も乗せてきてくれたんだ」

「その通りです。とても乗り心地のいいものを選んできたので、きっとくつろげると思いますよ」


 麗子にて招かれて車に近付くと、降りてきた102トウフさんがトランクを開けてくれる。

 よいしょと持ち上げたカバンを渡すと、彼女はそれを軽々と入れ、すぐにドアの方を開けてくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ぺこりと会釈しながら中へ入ると、その広さに驚く。外から見る限りではあまり大きな車ではなかったはずだが、実際には後部座席は随分と広々としていた。

 足を伸ばして座れるほどでは無いものの、満員電車のような窮屈な気持ちにならなくていい程度には自由がある。

 座席の座り心地も良くて、背もたれに体を預けると自然に吐息が漏れた。

 問題があるとすれば、三人並ぶにはさすがに少し狭いということくらいだろうか。

 それと、どちらが助手席に座るかと喧嘩が始まっていることも加えよう。


「私の車ですよ。席を選ぶ権利は私にあります」

「あなたの車なら、あなたが助手席でしょ。102トウフさんの隣なんだから」

東條とうじょうさんが!」

「白銀麗子が!」

「そんなに後ろがいいなら、僕が助手席に……」

「「それじゃ意味ないっ!」」

「……ごめん」


 あまり口出しはしない方がいいらしい。今の二人は、扱い方を間違えたら破裂しかねない爆弾のようなものだから。

 大人しくしておこう。心の中でそう呟きながら窓の外を眺めている内に、どうやら話がまとまったらしい。

 何故か両側から乗り込んでくる彼女たちに、瑛斗が困惑を隠しきれなかったことは言うまでもない。


「え、狭くない?」

「狭いくらいがちょうどいいです」

「その通りね」

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