第78話 復讐とは終わりのないスパイラル
「あなたのお父様の人柄が好きだったからです」
その姿を見て待機していたメイドたちがこちらへやって来ようとしたが、麗子は「来ないで」と彼女たちを引っ込ませる。
それから部長と同じ目線で話せるようにその場に座り込むと、優しい口調で語りかけた。
「あなたがお父様に憧れ、目指していたことはよく分かりました。ですが、子が親を想う以上に親は子を想っているものです」
麗子はそう言いながら何とかデバイスを取り出すと、一枚の画像を表示させて部長の所へとそれを滑らせる。
画面に映し出されたのは、工場のことが気になって調べていた頃に保存しておいた一枚の手紙を撮影したもの。
送り主は彼の父親で、内容は工場を閉鎖させて欲しいというものだった。
経営難であることは昔から分かっていたが、ようやく踏ん切りがついたらしい。
「この後、父は何度か確認しましたが、あなたのお父様の意思は変わらなかったようです。なぜならあなたが成長したから」
「……俺が?」
「あなたの夢が叶ってしまったら、工場の借金は全て負担となってのしかかる。親としてそれは出来なかったのでしょう」
父親は息子を苦しめたくは無い、その一心で工場を畳む決断を下した。
けれど、それを言ってしまえば部長は自分のせいだと悔やんでしまう。だから本当のことを言えなかったのだ。
「父はその決断を受け入れ、工場の持つ借金の全てを肩代わりしました。それがトップの責任であり、友人としての優しさだと思ったから」
「そ、そんな……」
「従業員は全員、新たなプロジェクトに組み込まれて今も白銀財閥の傘下として働いているようです。皆さん有能ですから、見捨てるのはもったいない人材でしたし」
「じゃあ、父は……俺の親父はどうして!」
他の従業員が雇われ直しているのなら、なぜ父親は毎日家でぼーっとしているのか。
働いていた頃のカッコいい父親がなぜ失われてしまったのか。そこが彼にとって一番怒りを覚えた部分だ。しかし。
「あなたのお父様は自ら誘いを断ったのです。これ以上息子に情けないところは見せられないと」
「俺に……?」
「自主退職という形になり、今後困らないほどの退職金を受け取っています。その額は少し法外なので言えませんが」
「な、ならどうして親父はそれを俺に言わないんだよ。言ってくれていれば勘違いなんてするはずもなかったのに!」
「かっこいい父親でありたい。そう思うことは普通なのではないでしょうか」
「…………くっ……くそ……くそ……!」
父親は白銀財閥に苦しめられていない。むしろ、助けられ続けてきた。
その事実を知った彼の怒りは、矛先をどこに向ければいいのか分からなくなってしまったらしい。
きっと、この話のどこにも悪人なんて居ない。誰もが誰かを想って行動していただけ。
それで上手くいかないのが経営の難しいところなのだから、社会というのは息継ぎをするのも大変な世界だ。
「大丈夫、あなたはお父様のようになれます。だからどうか、自らその道を断つようなことはしないでください」
麗子がそう言って手を伸ばすと、部長は歯を食いしばりながらリモコンを握りしめる。
これを渡すということは、復讐を諦めるということだから。行動の原動力となっていたものを失ってしまうのだ。
それは酷く不明瞭で恐ろしく、それでいて勇気のいること。けれど。
「あなたの未来に、そんなものは必要ありませんから。私が預かります」
嘘偽りも裏表もないその言葉に吸い込まれるように、気が付けばリモコンは彼女の手に渡っていて、部長は心の支えを失ったようにその場に倒れてしまうのであった。
「……ミッションコンプリート、ですね」
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