第77話 説得は心に語りかけるべし

 犯人であることが判明したゲーム部部長と対峙した麗子れいこは、何とか捕らえられた瑛斗えいと紅葉くれはを解放してもらうべく歩み寄ろうとしていた。


「具体的にはどのように公表すべきでしょう。あなたが思うことを教えてください」

「お前の父親は俺の父親が大好きだった町工場を潰させた。社員も全員仕事を失って、それでも親父は笑ってる……俺はそれを見るのが苦しくて仕方ないんだよ!」

「……町工場、ですか」

「なんだ、小さい工場は見捨ててもいいってのかよ! 虫けらとしか思ってねぇのかよ!」

「そうではありません。その工場、倒産したのはいつ頃でしょう」

「半年前だが、それになんの関係がある」

「……それ、裕二工場のことですか?」

「っ……」


 彼の顔にあからさまな動揺が浮かんだ。麗子……いや、麗華れいかはあくまで本物の麗子が一人前になるまで彼女を演じるだけの人形でしかない。

 しかし、だからと言って経営について何も知らないままでいるわけではなかった。

 時間があれば資料に目を通し、父親のやった経営方針やアドバイスによってどのような利益を見込めたのかを頭の中にインプットしている。

 ただ、その中で特に経営難が酷い工場が目を引いた。それが裕二工場。

 優しい男性が工場長を任された雰囲気のいい職場で、製造スピードは比較的遅いものの、同じ数を受注した他の工場と比べて、不良品の数は明らかに少ないと書いてあった。

 しかし、同じ期間に作れる個数が少なければ、会社としては任せる訳には行かなくなる。他の作業が全て遅れてしまうからだ。

 それでも白銀財閥のトップ、白銀しろかね晋助しんすけ……麗子の父親は工場長の人柄を見込んで資金を注ぎ込んできた。

 けれど、ついに半年前倒産した。理由は言うまでもなく、借金と赤字が膨らみすぎたからだ。


「私の父親を恨み、私を呼び寄せた。つまり、東條とうじょうさんに声を掛けたのも……」

「偶然なんかじゃない、狙ったよ。あっさり騙されて、少し持ち上げたらOKしてくれた。S級の癖に頭が弱い女だよな!」

「っ……だ、黙って聞いてれば……」


 紅葉が文句を言おうとした瞬間、会場にはペチンという音が響いた。

 麗子が平手打ちしたのだ、部長の頬を。


「父が酷いことをしたのなら謝ります。ですが、私の友達を悪く言うことは許しません!」

「……俺にそんなことしていいのか? ノコノコと誘われたマヌケはお嬢様も同じなんだぞ?」

「くっ……」

「爆発させちゃってもいいんだな?」

「……すみせんでした。ですが、二人は解放してください、私と引き換えでも構いません」


 麗子の真剣な言葉を聞き入れる気になったのか、「まあ、もう用済みだしな」と部長は二人をステージから蹴り落とす。

 そして代わりに麗子を捕まえると、ステージに固定された棒に手錠で拘束した。


「俺はな、いつか父親みたいになるって思ってたんだ。それなのにお前らに工場を潰された」

「あの工場は潰された訳では……」

「言い訳はやめろ、爆発させられたいか?」

「……話を聞いてください。あなたは知らないんです、あの工場で何があったのか」

「俺が知らない、だと?」

「知っていますか、父があなたのお父様の工場に注ぎ込んだ資金の総額を」

「……知らない」

「15年間で80億、年間5億円以上をあの小さな町工場に渡していたんです」

「は、80億?! う、嘘をつくな!」

「だったらお父様に聞いてみてください。その大金は回収されたのか、そしてなぜそれほどの金額を与えてくれたのかを」

「っ……本当、なのか?」


 麗子が深く頷くと、部長は瞳を震わせながら頭を抱える。彼女が嘘をついているようには見えなかったのだろう。

 実際、経営記録には白銀晋助から直接の送金があったことが記されている。

 彼がどうしてちっぽけな町工場に手を入れていたのか。その理由はたったひとつ。


「あなたのお父様の人柄が好きだったからです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る