第74話 爆発的な夏の予感

「そっか、準備してくれてありがとう」

『本当に助かったわ』

『いえいえ。私が好きでやったことですから、お二人は気にしないでください』


 ある日の夜、三人はグループ通話をしながらそんなことを話していた。

 海へ行く予定はいまから一週間後に決まり、各自それまでに課題を終わらせることが一緒に行く条件だ。

 もし課題が終わっていなかったら、麗子れいこが手配してくれている車に乗ることは出来ないらしい。

 瑛斗えいとはもうほとんど終わっているし、麗子は既に全部終わらせているらしい。メイドさんたちにチェックもしてもらったので漏れもないとのこと。

 残るは紅葉くれはだけなのだが、彼女はあまり課題に取り組めなかったらしい。

 頭は良いはずなので解けなかったということでは無いと思うが……。


「紅葉、何か事情があるの?」

『え? そ、そんなことないわよ?』

『声が少し上ずってますね。知られたくないことがある人間の特徴のひとつです』

「課題が手につかないほど悩んでるなら、僕たちに相談して欲しいな。友達でしょ?」

『……わ、分かったわ』


 紅葉は音声のみからビデオ通話に切り替えると、カメラの位置を調節してから一枚の紙を持ってきて二人に見せた。


『実は私、これに参加することになったの』

「……ゲーム大会?」


 紙にはいかにも楽しそうなフォントと色で『ゲーム大会』と書かれてあり、その下には開催場所や日付けも記されている。

 それを見る限り、大会は三日後に開かれるようだが、あまりにも唐突な告白だ。


「それがどうかしたの? っていうか、紅葉にしては珍しいものに参加するんだね」

春愁しゅんしゅう学園高校には色んな部活があるじゃない? ゲーム部ってのもあって、そこの人達に頼まれたのよ』

『どうして東條とうじょうさんを誘ったのでしょう。ゲームなら他に適任が居そうですが』

『大会の応募前日にメンバーが部を辞めたらしいわ。それで足りなくなって、誰でもいいからって感じだったみたいね』

「なるほど。でも、それでどうして課題が手につかないほど困ってるの?」


 確かにゲーム部に混ざって参加するのだからプレッシャーはあるだろうが、紅葉はその程度のことならどんと構えているタイプだろう。

 いや、正確にはどんと構えているように繕えるタイプと言うべきか。

 とにかく、ここまで不安を露わにするのには、何か別の理由があるように感じられた。


『大会自体は地域のイベントって規模で、優勝しても大きな賞があるわけじゃないわ』

『だったら気負う必要は無いのでは?』

『そうもいかないのよ。だって……』


 紅葉は画面の中でゴクリと生唾を飲み込むと、二度の深呼吸をしてから言った。


『爆破予告が届いてるのよ』


 ……爆破予告。

 それはテロリストのような集団によって出される、言わば警察への宣戦布告や市民への脅迫の意味を込めた手紙。

 もし本当なら一大事だが、小さなゲーム大会に爆破予告が届いたなんて話、あまりにも現実味がない。

 紅葉がふざけているのかとも疑ったが、彼女の目は確かに本気で怖がっているようだった。


「……本当、なんだよね?」

『私が嘘つく意味が無いじゃない』

『……なるほど。今、メイドに調べさせましたが、確かに同じような爆破予告が過去にも小さなイベント会場に届いているそうです』

「同じ犯人の仕業ってことかな」

『恐らくは。犯人はまだ見付かっておらず、小規模ですが爆破が起きたケースも数件。しかし、しばらくそのような事は起こっていなかったようです』

「もしかしたら、爆弾の準備をしてたのかもね」

『そう考えると辻褄が合います』


 これはドッキリや冗談ではなく、確かに犯人の存在する事件だ。

 大切な友達をそんな場所に行かせる訳には行かないが、責任感の強い紅葉はそれでも任せられた役割を果たそうとするだろう。


「中止にはならないの?」

『爆破予告のことは運営と私たちしか知らない。ゲーム部が少し設営に関わったから教えて貰えたの』

『どうして運営側は隠そうとしているのでしょうか。危険なことは間違いないですよね』

『前にも大会を邪魔されてるらしいわ。その時は爆破が起こらなかったけど、大会の計画は全て台無しになったの』

「……今回も爆破しないと踏んでるのか」

『あまりにも危険な賭けですね』


 紅葉も諦めないし、大会もなくならない。そうなれば、やることはひとつしかない。

 そう、犯人を捕まえて爆弾を解除させる。ただの高校生に出来ることでは無いが、大会の続行のためには警察を頼ることも難しい。

 それにこちらには麗子がいる。彼女ならきっと、適した人材を紹介してくれるはずだ。


『……そうですね、やってみましょうか。ひと夏の思い出に爆弾解除を』

「絵日記に書いたら嘘だって言われちゃうね」

『ふふ、それくらいの思い出が無ければ、夏を満喫したとは言えませんからね』


 麗子はそう言って笑うと、早速適任のメイドさんに声を掛けに言ってくれるのであった。

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