第71話 お金の重さは責任の重さ、お金の痛さは物理的な痛さ

 目の前にある雑誌が、オークションに出せば7桁の値が付く。

 それはつまり、少なくとも100万円はするということ。この古い紙の束にそんな価値があるとは到底思えない。

 紅葉くれはが信じられずにワナワナと震えていると、麗子がクスクスと笑いながら話し始めた。


「この雑誌、担当の印刷工場が火事で倒産しまして。世の中に30冊しか出回っていないんです」

「さ、30……」

「元々は何万冊も印刷されるはずだったのですが、その損失で会社も潰れ、二度と同じ雑誌が発売されることはありません」

「その内のひとつがここに……?」

「それだけじゃありませんよ。この雑誌、刷った順番で番号が印刷されているんです。そして、これは一番最初にテスト印刷された0番」

「……つまり?」

「30冊の中で最もプレミアが付くという訳です。コレクターは喉から手が出るほど欲しい逸品ですね」


 ニッコリと笑いながら雑誌を手に取って眺める麗子は、「見てみますか?」とそれを紅葉の方へと差し出す。

 ウン百万もする代物を素手で触るなんて、とても一般人には出来ない。

 もし落として汚したり、破ってしまったりなんてすれば、紅葉は一生麗子れいこの奴隷として働かなくてはならないだろうから。


「え、遠慮しておくわ」

「そう言わずに。こんな機会、もう二度と訪れませんよ?」

「触りたくないの! 近付けないで!」

「ほれほれ♪」


 調子に乗った麗子がニヤニヤしながら雑誌を近付けると、紅葉は逃げるように後退る。

 しかし、彼女の向かう先が先程通ってきた暗闇であることに気が付くと、麗子は慌てて彼女に駆け寄って抱き寄せた。


「危ないですよ、そっちは」

「っ……き、気付かなかったわ」

「もう少し下がったら真っ逆さまです。気を付けてください」

「あなたが意地悪したんでしょうが」

「もうしませんから」


 彼女に手伝ってもらいながら立ち上がった紅葉は、すぐ背後まで迫っている闇を見て恐怖心と違和感を覚える。

 というのも、この部屋はこんなにも明るいと言うのに、暗闇にはくっきりとした縁があるように見えるのだ。

 普通、暗い場所を照らせば真ん中は明るく、その周りは光源から離れるほどだんだん暗くなっていくはず。

 しかし、この闇には四角という形がある。なぜなのかと首を傾げていると、心の声を察した麗子が教えてくれた。

 実は、この通路の壁には光を完全に吸収する塗料が塗られているらしい。

 というのも、普通に暗いだけにしてしまうと、ライトをつければ落とし穴の位置が丸分かりだから。

 この塗料を塗っていれば、光で照らしても全て吸収されるためただの平面にしか見えない。

 さすがはお金持ちのお嬢様、やることが全て極められている。


「ですから、一人で勝手に入らないで下さいね。落ちたら地下の牢屋送りですから」

「……牢屋まであるのね」

「この場所、昔は刑務所のような施設だったんですよ。何百年も前ですけど」

「幽霊とか出そうね」

「出ますね。何人か知り合いがいます」

「お化けと?!」

「冗談です。見つけても専属の霊媒師に即除霊してもらってますから」

「……出るには出るのね」


 どうやら紅葉はあまりオカルト系の話は得意ではないようで、顔はツンとしながらも右手は遠慮がちに麗子の服を掴んでいた。

 それを見た彼女はクスリと笑いつつ、さり気なく体を少しだけ寄せながら本来の目的地へと案内した。


「ありました、これです」


 向かった先に並んでいたのは、随分と昔のものから最近のものまでが揃ったジェクシーの雑誌たち。

 数が多いだけに見上げるほどの高さまで置いてある。どうやって手に取るのだろうか。


「そうですね、おすすめはこの辺りでしょう」

「……」

「どうしたのです?」

「……それも100万とかするの?」

「そんなわけないじゃないですか。コンビニで買える程度の値段ですよ」

「……」

「さっきは脅かして悪かったです。機嫌を直してください」

「……そこまで言われちゃ仕方ないわね」


 紅葉は「大人だから」などと言っているが、麗子の目にはお金の恐ろしさに屈した哀れな子猫にしか見えなかったことは言うまでもない。

 彼女が危惧する通りに弁償代で口を塞ぐというのも面白い作戦だが、するとしても今では無いなと思う麗子であった。

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