第70話 価値は知識とロマンで測るもの

 紅葉くれは麗子れいこの家に上がると、そのまま彼女の部屋まで進む。

 中へ入ると麗子は本棚に歩み寄り、その中の一冊に手を伸ばす……かと思ったが、何故か横の隙間に隠された細長い棒を拾った。

 それを上に伸ばし、先端の少し引っかかるように作られた箇所で一番上にある分厚い本を引っ張る。

 すると、本棚が独りでに横へ動き、奥に謎の空間が現れた。


「こんな仕掛け、トレジャーハント系の映画でしか見ないわよ」

「あら、この屋敷にはいくつもありますよ。宝とも言える値段のものが多いですから」

「はいはい、自慢はいいわ」

「ふふ、今からがいいところだったのに」


 軽く受け流す紅葉に背を向け、奥へと歩いていく麗子。すぐに追いかけようと進むと、本棚が元の位置に戻って入口が隠された。

 それと同時に光が完全に遮られて周囲が真っ暗になり、紅葉は慌てて手探りで壁を探してもたれ掛かる。


「し、白銀しろかね 麗子れいこ……?」

「何ですか?」

「ど、どこにいるのよ。全く見えないわ、これじゃ歩けないじゃない」

「見えては困りますからね。あと、今あなたが触れているのが私です」

「……ん?」


 そう言われてぺたぺたと確かめてみると、確かに目の前の壁だと思っていたものは人の体の形をしている。

 てっきり布を貼り付けたオシャレな壁紙でもあるのかと思ったが、どうやらそれは麗子の服だったらしい。

 少し上の辺にある凹凸を掴んだら「あっ」と短い声が漏れたから間違いない。

 暗闇をいいことに日頃の仕返しを……なんて考えたが、それで置いていかれたら為す術が無くなるのでグッと気持ちは押さえ込んだ。


東條とうじょうさん、背中に乗って下さい」

「べ、別に一人で歩けるわよ……」

「そうじゃないんです。今、あなたの目の前にはいくつも落とし穴が空いているんですよ」

「……どういうこと?」

「本棚の仕掛けを突破しても、穴の位置を正確に覚えていない人物には進めないようになっているんです」

「そんな……」

「なので、私が向こうまで運びます。ほら、早く乗ってください」


 クラスメイトの、それもいつも喧嘩している麗子におんぶされるなんて屈辱的というか辱めを受けている気分というか。

 しかし、どの道一度は向こうまで行かなければ戻ることも出来ないらしい。

 ならば頼る以外に術はない。紅葉は心の中でそう呟くと、渋々手探りで見つけた麗子の背中に体重を預けた。


「しっかり掴まっていてくださいね」

「あ、あなた、本当に落ちないんでしょうね?」

「当たり前です。何度ここを歩いたと思っているんですか」

「ちょっと待って! まだ心の準備が……」

「いいから行きますよ!」


 進み始める麗子に、紅葉は必死でしがみついた。目を固く閉じ、ただひたすらに渡り切れることを願って。

 そして1分と少しが経過した頃、「もう大丈夫ですよ」という声で目を開けた紅葉は、飛び込んできた光に瞼をうっすらと開きながら周囲を見回す。


「ここが秘密の書庫です」

「本がこんなに……全部袋に入ってるのね。それにひとつひとつ表紙が見えるように置かれてあるわ」

「昔の雑誌から最新まで、ほとんど揃っていますよ。それも綺麗な状態で」

「どうして揃えてるの?」

「一部は私の趣味ですが、大半は財産の代わりです」

「財産?」

「古い雑誌はコレクターが高く買取るんですよ。傷なしで全て揃っているとなると、価値は10倍にも100倍にも膨れ上がります」

「はあ、そういうものなのね」

「ちなみに、あちらにある雑誌。オークションにかければいくらすると思います?」

「別に普通の雑誌じゃない。名前も知らないし、高くても1000円くらいでしょ」


 紅葉の答えに麗子はチッチッチッと指を振ると、小声で「7桁です」と囁く。

 その答えに富豪の価値観が分からない紅葉が、思わず腰を抜かしてしまったことは言うまでもない。


「ひゃ、100万円……?!」

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