第69話 婚姻届とかがついてるアレ

「ジェクシーはどこにありますか?」


 レジでそう聞くと、店員さんは入口横にある棚を指差して教えてくれた。

 ジェクシーとは恋愛や結婚についての情報をまとめた月刊雑誌のタイトルで、中高生から結婚を考える大人の女性まで幅広く愛されている。

 何故そんなものを麗子れいこが買いに来たのかと言うと、彼女も最近恋愛について考えるようになったからだ。

 無論、他でもない瑛斗えいとの影響で。


「えっと、ジェクシーは……ありました!」


 最新刊を見つけて手を伸ばすと、同時に反対側から伸びてきた手とぶつかる。

 慌てて引っ込めて「すみません」と頭を下げたが、そこに居た人物の正体を確認するとお嬢様用の態度はやめて腰に手を当てた。


東條とうじょうさんではありませんか」

白銀しろかね麗子れいこ、まさかこんなところで会うとは……」


 二人は条件反射的にバチバチとした視線を交わすが、今はそんなことよりもジェクシーを買うことの方が優先される。

 しかし、再び同時に手を伸ばした彼女たちは気付いてしまった。ジェクシー最新刊が残り一冊しかないということに。


「これは私が貰うわよ。お姉ちゃんに頼まれてるの、手ぶらでは帰れない」

「東條さんなら手ぶらでも誰も気にしませんよ。あって無いような大きさですから」

「……そっちの手ブラじゃないから!」

「ふふ、怒っている場合ですか?」


 怒りの感情は視野を狭める。麗子は勝ち誇ったように既に手に取ったジェクシーを見せつけると、それをレジの方へ持っていこうとする。

 しかし、この程度で諦める紅葉ではない。すぐに飛びついて麗子の脇腹をくすぐると、緩んだ手からそれを奪い取った。


「こっちは買ってこないとおやつのプリンを食べるって脅されてるの、諦めてちょうだい」

「プリンごときどうでもいいです。ジェクシーにはそれ以上の価値がありますから」

「ただの幸せ女アピール雑誌じゃない」

「東條さん、読んだことがないのですか?」

「私には無縁だもの」

「勿体ない。ジェクシーを読んだ女の子の6割はモテモテになると言われているのですよ」

「そ、そうなの……?」


 確かに、表紙を見てみると『男の子が好きな仕草ランキング』だとか『モテる女がしてること』なんて謳い文句も書いてある。

 てっきり恋人がいる人向けの雑誌だとばかり思っていたが、これからそちらのステップに進もうとする人にも有用なものだったとは。


「仕方ありませんね。そんな無知なあなたに免じて最新刊は譲ってあげましょう」

「ほんと?」

「ただし、それをお姉さんに届けたら私の家に行きますよ。これまでのジェクシーを読んでもらいます」

「私はいいわよ。どうせモテないんだし」

「そういう精神がダメなんです」


 麗子は奪い取ったジェクシーをさっさと会計してもらうと、それを紅葉に握らせてスタスタと歩き始める。

 彼女もそれを追いかけて隣に並ぶと、麗子はこちらを横目で見ながらやれやれと言いたげにため息を零した。


「悔しいですが、東條さんの顔は悪くありません。モテないというのも単なる思い込みです」

「そんなわけないわ。私、この前まで除け者になれてたのよ」

「嫉妬ですよ、醜い女の。私の元取り巻きがしたことですから、私のせいでもありますが」

「ま、その件に関してはもういいわ。今は対等な人間として気に食わないけど」

「それは私も同意見です」


 麗子はそう言いながら冷たい視線を向けたが、すぐにジェクシーの方を見つめると、「そんなあなたも変えてくれるはずです」と呟く。


「そんなにすごいの?」

「多くの女性に愛されていますからね。私の場合、立場上使えないものもありますが」

「使えないもの?」

「世間的に富豪の娘ですから。奢ってもらうということは、父の名誉に関わるのです」

「あなたも大変なのね」


 同情しかけた紅葉だったが、「まあ、その分お小遣いでやっている金貸しのお仕事で稼ぎますけど」と言って笑う麗子を見てやっぱり共感出来ないと思い直す。

 しかし、あれだけおすすめされたジェクシーはやはり気になってしまって、姉に最新刊を渡すとすぐに麗子の家へと向かうのであった。

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