第68話 ギブアンドテイク

 あれから数時間後、紅葉くれはが作りすぎたらしいカレーを持って謝りに来たことで、無事に誤解は溶けて仲直り出来た。

 帰ってから冷静になって、瑛斗えいとがそんなことを本気で言うわけが無いということに気がついたらしく、すぐに謝ろうにも拒まれた時のことを考えると怖くて家を出られなかったそうだ。


「本当にごめんなさい……」

「いいよ、怒ってないから」

「ほんと? 後で友達やめるって言わない?」

「言うわけないでしょ。紅葉は一号なんだから」

「……ほんとうに?」

「そんなに疑うなら許すのやめようかな」

「ご、ごめんなさい……疑わないからぁ……」


 割と本気で悲しそうな顔をする彼女に、瑛斗の方が胸の痛みを覚えてそっとハグをする。

 目元がキリッとしているから気が強そうと思われがちな紅葉は、普段はその通り思うことをズバッと言えるかっこいい性格だ。

 しかし、不安や怖いことに立ち向かうのは得意じゃないし、人一倍それを抱えやすいことも知っている。

 無闇矢鱈と不安を煽るべきじゃないな。瑛斗は心の中でそう呟いて、自分の服をギュッと掴んでくる彼女に笑みを浮かべた。


「僕は絶対に紅葉から離れたりしない。もし離れるって言った時は、多分そうしないと紅葉が危ない時だね」

「私が危ない時?」

「そう。それくらいのことがないと約束は破らないって覚えておいて」

「……わかった」


 瑛斗は小さく頷いた彼女の頭をもう一度撫でてあげた後、そっと腕を離して傍らに置いたカレー入りの鍋を手に取る。


「お姉さんは今家?」

「ううん、今日は外食」

「ってことは紅葉は今から一人でご飯か」

「そうね」

「だったらさ、良かったら一緒に食べない? 味の感想も伝えたいし」

「……いいの?」

「僕は社交辞令でこんなこと言わないよ」


 泣いたばかりの女の子を帰すというのも少し心配だし、瑛斗もひとりでご飯だ。どうせなら一緒の方が楽しいだろう。

 そんな考えの元のお誘いに紅葉は「ま、まあ、どうしてもって言うなら……」と答えたので、「どうしても」と後押しして承諾してもらった。


「適当なイスに座って」

「ええ、わかったわ」


 紅葉には食卓で待っていてもらって、カレーを一度コンロで温めてからお皿の左半分にご飯をよそって右側にカレーをかける。

 鼻を軽く刺激する匂いからして中辛くらいだろうか。すごく食欲を刺激する美味しそうな見た目だ。


「お待たせ」


 そう言いながらお皿ふたつとスプーンを持って戻ると、何やらキョロキョロとしていた彼女が向かい側に腰を下ろした瑛斗に聞いてくる。


「瑛斗の家は四人家族なの?」

「よく分かったね」

「イスが四つあるもの。でも、あなた以外に居るのはいつも妹さんだけよね」

「両親は忙しい仕事をしてるから。色んな場所を行ったり来たりしてるんだ」

「そうだったの。あなたも大変ね」

「二人暮しを始める時、僕が奈々ななを支えるって言って説得したんだ」

「……まさか、ご両親は知らないの?」

「うん、引きこもってることは伝えてない。約束を守れなかったなんて言えないよ」


 紅葉はしばらく視線を落とす瑛斗を見つめて黙っていたが、意を決したように立ち上がってすぐ隣までやってくる。

 そして彼の頭を抱きしめるようにして包み込むと、優しく後頭部を撫でながら口にした。


「あなたがあの学園にやってきた理由、きっと妹さんのためなのね」

「……」

「答えなくてもいいわ。初めて会った時から薄々察してたの、何か理由があって私に接触したんだって」

「……ごめん」

「怒ってないわ、むしろ感謝してる。そうでもなきゃ、あなたと出会えなかったから」


 紅葉の手はすごく小さいけれど、今だけは大きく感じた。染みるように伝わる温もりが、とても安心させてくれる。


「あなたにとって私は友達一号かもしれないけど、それは私にとっても同じなのよ。隠したいことは隠していい、でも頼りたいなら頼って」

「紅葉……」

「私、あなたが話しかけてくれた恩がポイントで返せるなんて思ってないわよ」

「……」

「瑛斗のためならS級をやめても、ポイントを捨ててもいい。危険なことに飛び込むことだって躊躇わない。私、本気でそう思ってるんだから」

「……ありがとう」


 素直に頼れるかは分からないし、きっとその時が来ても巻き込みたくないと思ってしまうだろう。けれど――――――――――。


「僕、あの学園に入って良かったって思えたよ」

「私もよ」


 彼女が近くにいてくれることそれ自体が、自分にとって支えになると思う瑛斗であった。

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