第67話 気遣いと言葉の操作は難しい
ピーンポーン♪
インターホンの音に、
そう思いながら玄関へと向かった彼は、画面の下の方にほんの少しだけ映る茶色い何かを見て首を傾げた。
そうこうしているうちに客人は痺れを切らしたようで、踵を返して立ち去ってしまう。
瑛斗は姿が見切れる最後の一瞬、ちらりと見えた赤色を見て慌てて家を飛び出した。
「待って!」
そう声をかけると、白のワンピースに麦わら帽子を被った少女がゆっくりとこちらを振り返った。
「やっぱり、紅葉だった」
「……居たのね。留守かと思ったわ」
「カメラに写ってなかったから」
「悪かったわね、小さくて!」
「でも、ちゃんと分かったよ」
そう言いながら歩み寄ると、彼女は麦わら帽子を深く被り直す。まるで何かから隠れようとしているかのようだ。
「その格好、珍しいね」
「お姉ちゃんが見せて来いってうるさいのよ」
「お姉さん居たんだ。紅葉ってそういうのキッパリ断りそうだけど」
「べ、別に服を見せるくらいどうってことないわ。ぬ、脱ぐわけじゃないんだから」
「その割には耳が赤いけど……」
瑛斗はそこまで言って口を塞ぐと、まさかと彼女の腕を掴む。
そして強引に家の中へと引きずり込むと、突然のことに困惑している彼女へ氷をたっぷり入れた麦茶を手渡した。
「外、暑いもんね。気付かなくてごめん」
「……ん?」
「あれ、直射日光に当てられて赤くなってるんだと思ったんだけど。紅葉の肌は白くて綺麗だから大事にしなきゃ」
「そ、そうね……うっかりしてたわ……」
別にそんな理由じゃないのだけれどと心の中で呟きつつ、本当のことを言えるような性格でもないので誤魔化して麦茶を飲み干す。
気が利く瑛斗はタオルも持ってきてくれて、額やら首元やらをスッキリさせた。
そんな彼女も、脇を拭こうとしたところで彼の視線に気が付き、「しっしっ!」とあっち向けのジェスチャーをして追い払う。
別に悪いことをしているわけでも、いやらしいことをしている訳でもないのに、不思議と瑛斗に見られるのが恥ずかしい。
きっと暑さで疲れているだけ、そこに優しさが染みただけ。紅葉はそう思うことにして、拭き終えたタオルを握りしめる。
「これ、洗って返すわね」
「いいよ、ここ家だし」
「そう? ならお言葉に甘えるわ」
そう言って彼女はタオルを手渡そうとしたが、瑛斗の手に触れる直前で思い出したように手を引っ込めた。
その様子を不思議そうに見つめていると、彼女は「やっぱり洗うわ」と前言を撤回。
「どうしたの。何か変だよ」
「別に普通のことよ。そう、普通……」
「何か思うことがあるなら話して。友達でしょ」
「……らしくないとか言わない?」
「思っても我慢する」
「ものすごく嫌な言い方ね」
「思わない努力もする」
「そこまで言うなら信じるけど」
紅葉はモジモジしながら立ち上がると、先程まで使っていたタオルを両手で掴みながら少し小さな声でこう呟いた。
「臭いって思われるかもしれないから……」
臭いというのはタオルのことだろうか。汗を拭いたのだからそれ相応には臭うかもしれないが、洗うのだから気にするほどのことでもない。
しかし、紅葉は案外そういうことを気にしてしまうタイプなのだろう。
もとより周りを気にしない孤高のS級女子なんて柄では無いのだ。親しい友人にこそ気を遣いすぎてしまうのも無理はない。
瑛斗は不安そうな目でこちらを見つめる紅葉の頭をそっと撫でてあげると、タオルを受け取ってそれを鼻に寄せる。
「うん、臭くない。むしろいい匂いがする」
「っ……」
「いつもの紅葉の匂いだ。すごく安心するよ」
「え、瑛斗……」
「ずっと嗅いでたいぐらい」
念の為に言っておくとあくまで安心させるための言葉であって、本当に紅葉の汗の匂いを嗅ぎ続けたい訳では無い。
安心するというのは本心だが、さすがにそんな性癖は持ち合わせていないから。
けれど、受け取り手はそう思わなかったらしい。もう一度嗅ごうとした瞬間には、みぞおちに彼女の右ストレートがめり込んでいた。
「こ、このへんたい! そんな目で見てたなんて知らなかったわ!」
「いや、紅葉……今のは……」
「寄らないで! もう帰る!」
コップの中の氷を投げつけられ、クリーンヒットした額を押さえながら、走って出ていってしまう彼女の背中に手を伸ばす。
けれど止められるはずもなく、瑛斗はしばらくの間「何か間違えたかな……」とその場で溶けていく氷を眺めるのであった。
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