第65話 夏休みの上のたんこぶ

 萌乃花ものかたちとケーキを食べに行った翌日。

 教室へ入った瑛斗えいとの耳に飛び込んできたのは、クラスメイトたちの夏休みどこへ行くかなんて話し声。

 それを横目に自分の席へ腰を下ろした彼は、浮かれるのも無理はないかと頬杖をつきながら窓の外を眺めた。

 そんなところへ、何やらコソコソと話し合っていたらしい紅葉くれは麗子れいこがやって来る。


「あの、瑛斗さん?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたの?」

「瑛斗さんって夏休み予定とかあります?」

「残念ながら」

「……あるってこと?」

「ないって意味。隠したのに言わせないでよ」

「わ、悪かったわね」


 悲しそうな顔をしたり、はたまた謝りながら控えめなガッツポーズをしたり。

 二人とも忙しないなと思っていると、彼女たちは目配せをし合った後、麗子の方が紅葉を小突いて一歩前に出た。


「あっ、その、もし良かったら……」

「ほらほら、はっきり言ってください」

「だったらあなたが言いなさいよ」

「言い出したのは東條とうじょうさんですから」

「なら、あなたは来なくていいのね」

「そ、それは違うじゃないですか!」


 実に仲良さげに言い合いをする二人を眺めているだけでいい暇つぶしになりそうだが、そろそろ一限目のチャイムが鳴る。

 このまま本題を告げられずに終わってしまうのも後々気になりそうなので、瑛斗はあからさまに紅葉の方へと視線を向けて催促した。

 そのひしひしとした圧を彼女も感じ取ったようで、諦めたように短いため息をひとつ零す。


「ほら、夏休みだと長く会えなくなるじゃない? だから今のうちに遊びに行く約束をしておこうって話になったのよ」

「紅葉からそんなことを言うなんて珍しい」

「べ、別に私は会えなくても何ともないけど、瑛斗が寂しがると思っただけだし」

「優しいね」

「……」


 褒められて浮かべた少し嬉しそうな、同時にバツの悪そうな表情を見れば、本心が何なのかを予想するのは難しくない。

 それに、長い間会えないというのが瑛斗にとっても寂しいものであるのはその通りだ。この話には乗っかるべきだろう。


「もう何か二人で考えてたりする?」

「私は旅行に行きたいなと思っています」

「旅行はいいね。夏休みっぽい」

「どこに行くのかが問題なのよね」

「僕はあんまり詳しくないかな」

「私もよ」

「でしたら、私に一任していただけませんか? いいところを知っているんです」


 あまり旅行をするタイプでは無い二人に比べれば、お嬢様である麗子の方が知見が広いことは間違いない。

 ならば、下手に口コミやら評価サイトやらで調べるよりかは、実際に行った人の意見を取り入れるべきだ。


「お願いするよ」

「頼むわ」

「任せてください。ただ、何をしに行くのかだけは決めてもらいたいですね」

「旅行と言えば海か、キャンプか、温泉だよね」

「夏は海のイメージね」

「でしたら、海の近くで探しましょうか?」

「そうしてもらう?」

「そうね、それがいいわ」


 そんなこんなで、瑛斗たちは夏休みの間に海へ行くことを決めたのだけれど……。


「今年の夏休みは宿題が多いです。計画的に取り組みましょうね〜♪」


 そう言ってぽわぽわと笑う担任教師に、紅葉と麗子が恨めしそうな目を向けていたことは言うまでもない。

 高校生にとって夏休みとは天国だが、おまけでついてくる宿題は現実を見せる魔法のアイテム。8月31日を地獄に変える呪符だ。

 つまり、夏休みが始まっても宿題がある状態では遊ぶなんて到底出来ないということ。

 それ即ち、旅行がもう少し先になるということを表しているのだから。


「あの教師、星2評価をつけてやるわ……」

「嫌味なレビューを書いてやります……」


 帰り道、そんなことを呟く二人を宥めつつ、彼女たちのためにも早めに宿題を終わらせようと思う瑛斗であった。

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