第64話 分け合えば幸せは倍増
あの後、
普段対等に言い合っている仲であるが故に、相手が崩れてしまうと罪悪感があるのだろう。
その奮闘の甲斐もあってか、何とかいつもの調子を取り戻した紅葉は、二つ目のイチゴを頬張りながらこちらをじっと見つめてきた。
いや、正確には
物欲しそうな視線に気付かないふりをしようかとも思ったが、あまりに熱烈なそれに根負けした彼は渋々聞いてみる。
「……欲しいの?」
「あら、あなたがくれるというのなら貰ってあげてもいいわよ?」
「ものすごい欲しそうにしてたくせに」
「な、なんの事かしらね」
せっかくの好物を誰かに分けるというのは惜しい気もするが、後々「あの時、くれなかったものね」なんて言われる可能性もある。
それに、今シェアしておけばいずれ紅葉からも何が貰えるかもしれない。
なんて邪な考えをしつつ、未来への投資だと思うことにしてひと口サイズに切ったチーズケーキを差し出した。
紅葉もまさか本当に貰えるとは思っていなかったようで、いいのかと言いたげな目でゆっくりと近付いてぱくり。
これが美味しかったようで、彼女は頬を押えながら声にならない感情を漏らした。
「そんなに美味しいのですか?」
「この反応、気になりますねぇ」
楽しそうな人がいれば何かあるのかと気になるのが人間。美味しいという言葉にも、同じく好奇心をくすぐられる。
まさにその甘い蜜に誘われるかの如く視線を吸い寄せられた麗子と
「……」
「……」ジュルリ
真っ直ぐな眼差しの麗子と、垂れそうになるヨダレを拭う萌乃花。
ひと口くらいならあげてもいいという考えが甘かったのだろう。三倍にまで膨れ上がってしまったのだから。
「……食べる?」
「いいのですか? では、遠慮なく」
「いただきますっ♪」
ひと口サイズを二つ、ぱくりぱくり。元からそれほど大きくなかったチーズケーキは、最後のひと口にまで減ってしまった。
しかし、不思議と悪い気はしない。未来への投資なんて慰めではなくて、目の前の三人が嬉しそうにしているからだろうか。
きっと、彼女たちの笑顔にはチーズケーキ以上の価値がある。形には残らないけれど、心には残る価値が。
「でも、瑛斗さんの分が減っちゃいましたね。もうひとつ頼みましょうか?」
「いいや、もうお腹いっぱいだよ」
「そうですか? 少食なんですね」
「まあね」
ケーキよりも甘いもので膨れた腹を撫でつつ、他のみんなが食べ終わるのを待つことにする瑛斗。
暇つぶしがてらメニューをもう一度見て見たら、この店は期間限定で色々なメニューが追加されるらしい。
また今度来てみよう。今度はちゃんと奢りではなくて自分のお金で。
そんなことを思いながら、メニューを元の場所へ戻した彼は知らない。
「……あれ?」
「……おや?」
自分たちのケーキを口へと運んだ紅葉と麗子が、クリームのついたフォークを見つめて動きを止めたことを。
彼女たちはお互いに顔を見合わせると、ハッとしたように顔を赤らめる。
気付いてしまったのだ、自分たちがナチュラルに瑛斗のフォークを使ったこと。
そして、麗子に関しては、紅葉が使ったあとの瑛斗のフォークを使ったということに。
「……」
「……」
「べ、別に平気ですし……」
「わ、私だって平気よ。この程度のこと……」
自分に言い聞かせるようにそう呟く二人とは裏腹に、同じくフォークを使った萌乃花は、相変わらず幸せそうにケーキを頬張っていた。
「んふふ、美味しいですぅ♪」
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