第63話 イチゴはケーキの主役

 萌乃花ものかに連れられて向かったのは、駅前にあるケーキ屋さん。

 テスト勉強のお礼にと奢ってくれるというが、瑛斗えいとも男の端くれ。女性に奢らせるということに抵抗がない訳では無い。

 せめて自分の分くらいは払わせて欲しい。そう伝えると、彼女は「それじゃお礼にならないじゃないですか」と微笑んだ。


「私、こう見えてS級ですよ? 頭は良くないのでテストでは稼げませんけど、使い道もないのでそこそこ溜め込んでるんです」

「……本当にいいの?」

「瑛斗さんたちのために使えるなら本望です! むしろ、奢らせてください!」

「そこまで言ってくれるなら、今日は甘えさせてもらおうかな」

「ありがとうございますっ!」


 奢る側が礼を言うというおかしな状況に混乱しなくもないが、ここは何も考えずに厚意を受けることにしておく。

 ちょうどショーケースの中のサンプルを見ていたら、ケーキが食べたい口になってきた。

 紅葉くれはなんて、ガラスに張り付きながら瞳を輝かせて今か今かと待ち望んでいる様子だ。

 奢ってもらったお返しは、また勉強を助けて欲しいと言われた時に返せばそれでいい。

 瑛斗は心の中でそう呟きつつ、ドアを開けてくれた店員さんに「4名です」と伝えて入店。

 空いている席に腰を下ろすと、早速メニューを確認して吟味する。


「チーズケーキがいいかな。いや、王道のショートケーキも捨て難い……」

「私はいちごタルトにするわ」

「私はモンブランを」

「わ、私は……えへへ、迷っちゃいますね……」

「よし、チーズケーキにする。あ、柔らかいのと硬いのがあるのか。どっちがいいかな……」

「そんなのさっさと決めなさいよ」

「バナナショートを……や、やっぱりベリーのやつの方が美味しそうかもしれません……」

「お二人とも、単純なところで優柔不断ですね」

「まったくよ。とっとと決めて早く食べさせて欲しいわ」


 ケーキ欲が振り切れんばかりにうずうずしている紅葉がうるさいので、迷いは消えないがレアチーズケーキに決めた。

 萌乃花もバナナショートに決定し、やれやれと呆れ顔の紅葉が全員分を注文してくれる。

 しかし、店員さんに「お飲み物は如何なさいますか?」と聞かれ、再び瑛斗たちはメニューと睨めっこ。

 これにはさすがに痺れを切らし、「全員りんごジュースでいいわよね? ね?」と圧を掛けられた二人が弱々しく返事をしたことは言うまでもない。


「紅葉ちゃんって、ケーキのことになるとちょっぴり怖いですね」

「確かに。そんなに早く食べたいのかな」

「可愛らしいですけど、詰め寄られるのは困っちゃいますね」

「もう少し悩ませて欲しかったよね」

「コソコソ話しても聞こえてるわよ?」

「「……ごめんなさい」」


 キッと睨まれて二人が肩を落としながら謝ると、彼女は溜息をひとつこぼした後「まあ、私も悪かったわ」と呟いた。


「甘いもの、好きだから。ちょっとムキになってたわ、許してちょうだい」

「紅葉が謝った、体調悪いのかな」

「突然雰囲気が変わりました、何か企んでいるのでしょうか」

「あなたたち、いい加減にしないと殴るわよ?」

「「……ごめんなさい」」


 ケーキは甘いが紅葉はピリ辛だ。これ以上怒らせたら本当に暴れ始めてしまいそうなので、ケーキが来るまで大人しくしておく。

 好きなものを前にすれば怒りも収まるだろう。そんな思惑は的中していたようで、全員分のケーキが到着した瞬間の彼女の表情は眩しいほどに輝かしかった。けれど。


「いただきま―――――――――――」

「イチゴいただきです!」


 手を合わせた隙に横から手を伸ばした麗子れいこが、紅葉のショートケーキに乗るイチゴをかっさらう。

 意地悪に笑いながらそれを食べるふりをした彼女は、チラッと横を見て怒っているであろう顔を確認した。

 が、その場にいた全員が紅葉を見て固まる。彼女はいちごをじっと見つめながら、目を潤ませていたから。

 下唇を噛み締め、両手を握り、とても悲しそうな顔をする。その破壊力は絶大で、麗子は慌ててイチゴを元の位置に戻した。


「じょ、冗談です! ほら、イチゴですよ?」

「……ぐすっ」

「て、店員さん! イチゴショートをもうひとつ追加で! なるべく早くお願いします!」

「…………」

「謝りますから。許してください……」

「……ばか、あほ、まぬけ」


 普段の勢いもキレもない罵倒に、麗子がむしろダメージを受けたことは言うまでもない。

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