第62話 価値観は人それぞれ

 あれから数日間、時には二人で、時には四人で集まって勉強会を開き、テストの準備を着々と進めて行った瑛斗えいと

 その成果もあって、期末テストから数日後に返却された解答用紙に書かれた点数は前回よりも満足のいくものだった。

 無論、紅葉くれは麗子れいこには到底敵わないけれど。


「ふっ、今回私は学年5位よ」

「私は6位です……」

「あらあら、すごいじゃない。私は5位だけど」

「わ、笑いたいなら笑えばいいじゃないですか」

「ならそうさせてもらうわ」


 相変わらず張り合っている二人は前回よりも更に順位を上げている。

 素直に拍手したくなるほどだが、学年ギリギリ二桁順位に滑り込んだ瑛斗の前ではやめてもらいたい。流れ弾が痛すぎるから。

 そんなことを思いながら帰る準備をしていると、教室の入口で目立つピンク色の髪をした女の子がキョロキョロしているのに気が付いた。

 彼女は瑛斗を見つけると、まるで子犬のように飛び跳ねながら駆け寄ってくる。


「瑛斗さん、瑛斗さん!」

「どうしたの、萌乃花ものか。そんなに騒いで」

「見て下さい、これ!」


 彼女が差し出してきたのは、先程から話題になっているテストの用紙。

 書かれてある点数は平々凡々で特に声を上げて喜ぶようなものでは無い。しかし、それは瑛斗基準ならの話。

 解答者が萌乃花であるのなら、この点数はつまるところの当初の目標である『赤点回避』の達成を意味していた。


「やりました!」

「おお、おめでとう。よく頑張ったね」

「瑛斗さんのおかげです!」


 お礼のつもりなのか、小さな体をめいっぱいに伸ばして瑛斗の頭を撫でてくれる彼女。

 周りの視線もあるからか、何だか少しだけ照れくさい。それ以上に約二名の視線がチクチクと痛いけれど。


「ちゃっかりボディタッチなんかしちゃって」

「やっぱり無知な顔して、瑛斗さんに近付こうっていう作戦ですか」

「ち、違いますよぉ……」

「はいはい、二人ともストップ。萌乃花が怖がってるからやめてあげて」

「そっちの味方をするのね」

「僕はいつだって弱い方の味方だよ」


 庇ってあげると萌乃花は小さくお辞儀をしながら「ありがとうございますぅ……」と弱々しく呟いた。

 今度はそんなに彼女になでなでをお返ししてあげつつ、「回避ってことは留年も免れたんだね」とさりげなく話を元の路線へ戻す。


「とりあえずのところはそうみたいです。二学期のテスト次第ですけど」

「そこはまた頑張ろう。困った時は頼ってくれていいからさ」

「ほんとですか?! じゃあ……」

「ん?」

「その、これからもお話したいですし、と、友達申請……してもいいですか?」

「もちろんだよ」


 瑛斗が首を縦に振ると、彼女は嬉しそうな顔で画面を操作して申請を送る。

 もちろん承認し、こちらからも申請。これで相互友達登録完了、以降は互いにポイントが発生しないというわけだ。


「えへへ、初めてのお友達登録です♪」

「初めてで釣る作戦ね、小賢しいわ」

「まったくです」

紅葉くれはちゃんと麗子れいこちゃんにも申請しておきました!」

「なっ?! あなたS級でしょう? なら申請しなくてもポイントは動かないわよ?」

「……どうしてポイントが動かないと申請しないのですか?」

「だって意味が無いですし」

「お友達はポイントじゃないからお友達なんです。お友達になりたい人にお友達になって欲しいと伝えることは悪いことなのですか?」

「「そ、それは……」」


 完全に萌乃花に論破されてしまった二人は、ハッとしたように「私と友達は嫌でした……?」と瞳を潤ませる彼女を見て慌てて申請を許可。

 二人からも申請して「友達よ!」「ですです、友達ですね!」なんて励まし始めた。

 瑛斗の目から見ても萌乃花の感性が普通で、二人の考え方は無意識にもこの制度に毒されていると言わざるを得ない。

 けれど、それが悪いと責めようとも思わない。この学園で上手く生きるならそれが正解なのだから。

 故に、萌乃花のような存在が瑛斗にとっては守るべき貴重な人材でもあるのだけれど。


「……」

「……」

「あなたには申請しないわよ」

「こちらからお断りです」

「ふん」

「ふんです」


 素直になれない二人はそっぽを向き合い、握るデバイスをポケットにしまう。

 そんな様子を眺めながら、「お礼がしたいので、この後空いてますか?」と聞く萌乃花に「もちろん」と答える瑛斗であった。

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