第60話 交友関係気を抜くべからず

 あれからさらに小一時間ほど勉強した瑛斗えいとは、窓の外がオレンジ色に染っていることに気が付いて手を止めた。

 途中でなんやかんやありはしたが、そこそこ集中出来た気がする。

 課題も大方終わり、内容も理解出来ているからテストの方はそこそこいい点数が期待できそうだ。

 そんなことを思いながら顔を上げた彼は、目の前でうたた寝している萌乃花ものかに声を掛ける。

 いつから寝ていたのかは分からないが、彼女の方は教え終わってからほとんど進んでいないらしい。

 多分、根っからコツコツとした勉強が向いていないタイプなのだろう。


「ふぁ……もう朝れふかぁ?」

「夕方だよ、寝ぼけてないで帰る準備して」

「……瑛斗しゃん、えへへ」


 何かいい夢でも見ていたのか、ゆるゆるな頬の彼女を引っ張るようにして図書室を後にし、校門の方へと向かう。

 こちらから名前を教えた記憶が無いような気がして、萌乃花の言っていた特殊能力の信憑性が増してきた頃。

 さすがに陽の光を浴びれば目も冴えたようで、途中からは彼女も自分の足で歩いてくれた。


「結局寝ちゃってました……」

「まだ時間はあるから頑張って」

「でも、ロッカーの鍵がないと勉強出来ません」

「そう言えばそんな話してたね」


 一緒に勉強するきっかけはそれだったなと思い出しつつ、邪魔にならないように電源を落としていたデバイスを起動させる瑛斗。

 そんな彼の横で足を止めた萌乃花が、突然何かを思い出したように「あっ」と声を漏らす。


「何か忘れ物?」

「いえ、その、お伝えしていないことが……」

「誰に?」

「瑛斗さんにです」

「どんなことを?」


 そう聞くと同時に電源が入ったデバイスが、ブーブーと連続で震え始める。通知が大量届いていたらしい。


「その、瑛斗さんって何ランクですか?」

「Fだけど」

「え、えふ……」

「……まさか?」

「はい、そのまさかです」


 しつこいようだが、この学園にはランクというものが存在する。

 ランクの違うもの同士が交流する際には、アクションを起こした側から受ける側へポイントが支払われるシステムだ。

 そして、そのやり取りは本人達にその意思が無くとも自動で行われてしまう。

 無論、片方のデバイスがオフになっていたとしても、学園の管理下にいるなら例外は無い。


桃山ももやま萌乃花ものかへ2000ポイントを支払いました』

『桃山萌乃花へ2500ポイントを支払いました』

『桃山萌乃花へ3200ポイントを支払いました』

『桃山萌乃花へ―――――――――――』


 脚立から落ちるのを助けるという行為、勉強を教えるという行為、昔の話を聞いて慰めるという行為。

 その全てにポイントが発生し、彼女から受け取るポイントの何倍ものポイントがクレジットから吐き出されていく。

 何故なら、桃山萌乃花はF級からは程遠い存在……S級に分類される生徒だったから。


「す、すみません! 本当なら最初に伝えるべきところを、出会いが唐突だったもので……」

「萌乃花は悪くないよ。F級の僕がもっと気にするべきだった」


 ポイントのやり取り通知の最後の方に送られてきた赤色のメッセージ。

 瑛斗は虚ろな目でそれを見つめながら、萌乃花にそう言葉を返した。

 そのメッセージの内容は、以前麗子と話した時にも見ている警告。ポイントがゼロを下回ったというアレだ。

 中間テストで貯めたポイントも全てがすっからかん。計画も何もあったものでは無い。


「わ、私ポイント返しますから!」

「……いいの?」

「助けて貰った相手に辛い思いはさせられませんし、髪だって褒めてもらいましたし」

「ありがとう、萌乃花。助かるよ」

「その代わりと言っては卑怯かもしれませんが、また勉強に付き合って貰えますか……?」

「居眠りしないならね」

「が、頑張ります!」


 最初に感じた嫌な予感の本当の正体はこっちだと気付いた彼が、送り返されたポイントを見て胸をなでおろしたことは言うまでもない。

 ちなみに、時間もないので次の勉強会は週末の休みを使うことにした。今度は紅葉たちも一緒だ。

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