第54話 お店選びも一筋縄ではいかない
約束の週末。待ち合わせ場所で待つ
遅れたと言っても少し早いくらいで、きっと楽しみにしていたのだろうなというのが言葉にされなくとも伝わってくる。
「待たせたみたいね」
「いいや、僕もさっき来たところだよ」
「そう。それなら良かったわ」
「今日はやけにおめかししてるね」
「へ、変かしら?」
「ううん、私服も似合ってる」
「……ふん、当然よ。S級だもの」
口では強気なことを言いつつも、履き慣れていなさそうなスカートの裾を掴んでいるのは無意識ゆえの行動か。
瑛斗はそんな彼女の頭を優しく撫でてあげつつ、「どこに行こうか」と聞いた。
「私、化粧品を買いに行きたかったの。でも、一人で行くのって敷居が高いじゃない?」
「
「あいつのことよ、どうせ高いのをおすすめしてくるに決まってるわ」
「さすがにそれは無いでしょ」
確かに彼女はお金持ちで生活レベルも高いだろうが、お願いすれば紅葉のお財布と相談しながら選んでくれるはずだ。
二人はよく喧嘩するけれど、仲が悪いということでは決して無いのだから。
まあ、時々ブラックなところを垣間見せる時はあるし、意地悪で高級店に連れて行ったりすることがないとも言い切れないが。
「それに、化粧ってよく分からないのよ。だから瑛斗がいいと思うものを買おうと思って……」
「どうして僕? センスなんて無いよ」
「だって私の周りの男なんてあなたくらいだもの。あなたがいいと思うなら、見られて恥ずかしくはないってことでしょう?」
「要するに基準ってことか」
「ええ、そんなところよ」
いくらセンスがなくとも、変だと思うものを指摘することくらいは出来る。
元より化粧なんて必要なのかという疑問はあるが、いずれは使うべき時が来るもの。今から練習しておくに越したことはないだろう。
そのための手伝いが出来ると思えば、付き合わされるのも悪くは無い。役に立てる自信はやっぱり無いけれど。
「どこかこだわりのお店とかは?」
「言ったでしょ、敷居が高いって。ほとんど行ったことないの」
「探すところからか」
「そうなるわね。でも、良さげなところはいくつかピックアップしてきたわ」
「珍しくやる気満々だね」
「余計なこと言わなくていいから」
少し喋り過ぎたのか、唇に人差し指を添えられてしまった。黙れという意味だ。
瑛斗はその通りにお口チャックすると、歩き始めた彼女の後ろを着いていく。
そんな二人が最初に到着したのは、駅の近くにある数回建てのビルの地下にあるコスメ売場。
お値段こそ手を出せないほど高くは無いが、大人の女性向けのものが多い印象で、化粧品の匂いが充満していた。
どうやら瑛斗はあまり得意ではないようで、店を見て回る紅葉の後ろでむせそうになりながらも必死に後を追う。
が、彼の苦しみに気がついた彼女は、早々に散策を切り上げてビルを出てしまった。
「もっとゆっくり見ていけばいいのに」
「どの口が言うのよ。あそこまで化粧がダメだとは思ってなかったわ」
「僕って刺激の強いものはあまり受け入れないタイプだから。日常に無いものは無理みたい」
「あそこは地下だからってのもあるんでしょうね。別のところに行くわ」
「ごめん」
「着いてきてもらってるのは私だもの。あなたの事情に配慮するのは当然よ」
紅葉の温情に鼻腔を救われ、次なる店へと足を運ぶことに。
今度は先程の大人向けな雰囲気とは違い、中高生向けのいわゆる『プチプラ』をメインに取り扱うお店らしい。
ブランド品こそ無いが、使いようによっては数十倍する商品よりも活用出来たりするそうな。世の中値段が全てではないというわけだ。
「思ってたよりも安いわね」
「ここも初めて?」
「私がこんなキラキラした店に一人で入ると思う? 出てくる頃には闇に染ってるわよ」
「紅葉は闇を吸う掃除機かなにかなの?」
「キラキラした女の子を見ると、無性にイラッとするのよ。自分が世界一可愛いと思ってそうな顔してて」
「紅葉も可愛いと思うよ。キラキラはしてないかもしれないけど」
「……一言余計ね」
「紅葉は可愛い」
「言い直しても遅いわよ」
不服そうに頬を膨れさせて背を向けた彼女だったが、小声で呟かれた「でもまあ、礼は言っておくわ」という言葉を聞いて瑛斗がもう一度「可愛い」と伝えたことは言うまでもない。
さすがにしつこかったようで、みぞおちにグーパンチが飛んできてしまったけれど。
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