第53話 チャンスは振ってこそなんぼ

 例のドラマが放送され、各配信サイトで先取り視聴枠が公開されると、瞬く間にSNSのトレンドにタイトルや感想が上った。

 ノエルの言っていた通り、瑛斗えいとの演技は悪くなかったらしい。

 自分でやっている分には分からなかったが、編集や照明の具合でいい感じに目元に影がかかり、物語の悪役感をプンプンと醸し出していた。

 こうして見るとドラマというのは演者の力だけではなく、周囲の人によって作り上げられた世界というのも大事なのだと感じさせられる。

 改めて貴重な経験をさせてもらったのかもしれない。ノエルには感謝しなければ。


瑛斗えいと、すっかり話題の中心ね」

紅葉くれはもドラマ出たかった?」

「馬鹿なこと言わないで。あんなのに出たら、アンチに心を抉られるだけじゃない」

「そんなことないと思うけど」

「あるの。私は演じるのが苦手だから尚更ね」

「確かに嘘つくの下手だもんね。すぐ顔に出ちゃってるし」

「……うっさい」


 どうやら紅葉もドラマを見てくれたようだ。「ま、悪くはなかったわ」と言っている辺り素直じゃないなと微笑ましく思う。


「でも、瑛斗。あなたスタッフロールに名前無かったわよね、ハブられてるの?」

「細かいところまで見てるね。僕が頼んだんだ、出演する代わりに名前は載せないで欲しいって」

「どうして?! せっかく有名になるチャンスを棒に振るなんて……」

「やっぱり紅葉もそういう願望あるんだ?」

「うっ、わ、私のことはどうでもいいのよ」


 見抜かれて赤くなる頬を手で隠しつつ、「で、どうしてなの」と問い詰めてくる彼女。

 やけにしつこく聞かれるが、大した理由はない。ただ単に自分だとバレて欲しくなかっただけの話だ。

 瑛斗は有名になっては困るから。例えそれが演技を褒められるといういい意味であっても。

 しかし、それを素直に話すことは出来ない。紅葉のことは信用しているが、信頼があるからこそ事に巻き込みすぎないようにしなければならないから。


「監督に聞いたんだ。演技が悪くなかったから、名前を出せば色んなところから連絡が来るって」

「それの何が悪いの?」

「誘われて断るの、疲れるでしょ」

「……確かに」


 紅葉にも思い当たる節があるようで、何かを思い浮かべながら小さく頷く。

 あまり注目してはいなかったが、瑛斗や麗子れいこと仲良くし始めてから、以前あった紅葉への無視やいじめは無くなったらしい。

 というよりも、実質クラスのトップカーストだった麗子がこちら側についたから手を出せなくなったと言うべきだろうか。

 意地悪な人間に狙われなくなったことで知らんぷりしていた他の生徒の視線が向けられるようになり、彼女のS級たる所以に気付く者もちらほら現れ始めている。

 その証拠に瑛斗も何度か紅葉が男子生徒から声を掛けられているのを見た。

 何やらどこかへお誘いしている様子だったが、結局断ってしまっているらしい。せっかくの機会なのに勿体ない。


「何よ、可哀想な人を見るような目を向けて」

「何でもない」

「嘘ね。どうせ私のことを寂しい女だとでも思ってるんでしょう?」

「そこまでは思ってないよ。ただ、高校生なんだからデートに誘われたなら行けばいいのにと思っただけで」

「ふんっ、知らない男に誘われてホイホイついて行くような尻軽女とは違うの」

「尻重女ってこと?」

「そうだけど、ものすごく侮辱された気分よ」


 自分のお尻を触りながら「……重くないし」と下唇を噛む彼女に少し申し訳ない気持ちを覚えつつ、水筒のお茶をゴクリと飲んだ彼はそう言えばと浮かんできた疑問を口にした。


「知らない男にはついて行かないんだよね?」

「ええ、そう言ったでしょ」

「だったら僕は?」

「瑛斗は知らない人じゃないけど……」

「着いてくるってこと?」

「そ、そりゃ行くわよ。ていうか、それは誘ってるつもりなの?」

「いや、試しに聞いただけだよ」

「…………何よ、紛らわしい」


 突然不機嫌そうに頬杖をつき始めた彼女は、それからしばらく目を見てくれなかった。

 もしかしてと思って「遊びに行く?」と聞いた瞬間、パッと表情を輝かせたところを見るに、無意識の内に期待させてしまっていたらしい。


「べ、別に瑛斗と一緒に行きたいわけじゃないけど? そっちがお願いするなら行ってあげるわ」

「嫌ならやめておこうか」

「はぁ?! 嫌なんて言ってないでしょ!」

「行きたいわけじゃないんだよね?」

「…………たい」

「ん?」

「行きたいって言ってるの! 分かったらさっさと日付を決めるわよ!」

「初めから素直になればいいのに」

「うっさい!」


 結局、次の週末にお買い物に付き合えと命令されてしまう瑛斗。

 余計なことを聞いた自分が悪いのだと言い聞かせつつ、この罰を受け入れる彼であった。

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