第52話 残忍さと美しさは共存する

 撮影するもうひとつのシーンはドラマのラスト。お話の中で数々の人物に裏切られ、切れ者な発想でその復讐を遂げてきたゆき

 彼女が最後に復讐する相手、時雨しぐれと対峙する場面になる。

 回を追うごとに雪の精神のタガは外れ、非合法的なことにも手を出してきた。

 故に彼女の服装は最初の綺麗なものとは違い、精神状態を表すかのように最終回ではボロボロの布切れを巻いているような姿だ。


「アクション!」


 その合図とカチンという音で撮影現場の空気が変わる。いや、正確には変えられた。ノエルの放つオーラによって。

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「……時雨くん」

「ゆ、雪? お前、どうしてここに……」

「怖くなって逃げ出したんでしょ。あなたの周りの人、どんどん死んでるもんね?」

「まさか、お前が全部やってるのか?!」

「ふふふ、ふふふ、どうだろう。本人にはもう聞けないもんねぇ?」


 ニヤリと歪む口元は不気味で、不規則に揺れる体を見つめるだけで恐怖心を煽られる。

 彼女が一歩近付けば三歩後退りしているはずなのに、視界に映る雪の姿はどんどんと大きくなっているような気がして――――――――。


「私ね、あなたのことが本当に好きなの。だから裏切られた時は悲しかった」

「わ、悪かった! 俺が全部悪かったから……!」

「欲しいのはそんな言葉じゃないんだよ?」


 背後から差し出されたナイフに、時雨はとうとう腰を抜かして座り込んでしまう。

 そこへ詰め寄った雪は彼の首筋にナイフを押し当てると、もう一度同じ言葉を繰り返した。


「私ね、あなたのことが本当に好きなの」

「お、俺も好きだ。もう浮気しない、お前だけをずっと思い続けるから!」

「…………」


 しばらくの沈黙の後、カメラが捉えたのは恐ろしいほどに口角の上がった雪の口元。


「その言葉、ずっとその言葉が聞きたかったの」

「ゆ、雪……?」


 彼女はナイフを時雨の首から離すと、代わりに自分の方へと先端を向ける。

 何をするつもりなのかを察した彼は止めようと腕を掴み、必死にナイフを奪おうとした。

 いくら何人も殺めた狂人だとしても、その細腕で男の力に敵うはずがない。

 押し倒し、手首を押さえつけ、刃物を奪い取る。これで安心だと安堵したその瞬間だった。


「これで争った形跡、アリになったね?」


 その言葉にハッとする間もなくナイフを取り返され、雪は自らの首を――――――――。


 こうして雪の復讐は終わりを迎えた。

 人の争う声を聞いて誰かが通報し、駆けつけた警察によって時雨は取り押さえられた。

 揉み合った形跡から犯人の線で捜査されたが、ちょうどその場所を移していた監視カメラの映像から断定出来ないとされて釈放。

 雪の命を張った目論見は失敗に終わった……かに思えたが、そう甘くは無いのが世間だ。


 初めこそひょうひょうとしていた時雨も、容疑者という段階で周囲の人間に見放され、誰も手を差し伸べてくれなくなってから、ようやく雪の本当の目的に気がついた。

 彼女がどうして監視カメラに映ったのか、どうしてわざと自分を押し倒すように誘導したのか、どうして証拠らしい証拠を残そうとしなかったのか。


「だって、答えが決まらない方があなたをずっと苦しめられるから」


 聞こえないはずの声が聞こえてくる。彼女が残したのは呪いだ、二度と許されないという大きな足枷として。

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「以上でクランクアップとなります。皆さん、お疲れ様でした!」


 ディレクターさんの声でみんな歓喜しながら手を叩く。瑛斗えいと以外は、ずっと同じものを作りあげてきた仲間なのだろう。

 少しここに立っていることが場違いな気もするが、ノエルの「瑛斗くんは絶望顔も似合うね」なんて冗談でどうでも良くなった。


「というかノエル、聞いてた話と違ったんだけど」

「何が?」

「振るだけって話だったよね。ものすごい悪いやつの役になってたじゃん」

「あー、あれはね。原作者さんがそうした方がいいって変更をお願いしてきたみたい」

「原作者さんが?」

「瑛斗くんのことを見て決めたらしいよ。何か感じるものがあったのかな」

「……よく分からないけど、喜んだ方がいい?」

「いっそ、こっちの世界に入っちゃう?」

「それは遠慮しとく。大変そうだし」

「ちぇ、期待したのにぃ……」


 唇を尖らせながら不満そうにするノエルの横顔に、瑛斗はクスリと笑って歩き出す。

 いつの間にかもう夜が近い。血糊を見過ぎたせいか食欲は湧かないが、不思議と空腹感は覚えていた。


「今日の夕食は赤いもの以外にしようかな」


 彼がそんな独り言を呟きながら、更衣室へと向かったことは言うまでもない。

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