第51話 知らないということはこれから知る喜びを感じられるということ

「カット!」


 その声で、フッと肩から力が抜けた。

 どうやらOKだったらしい。瑛斗えいと朝陽あさひ役の女の子にお礼を伝えると、体を起こすノエルの元へ誰よりも早く駆けつける。

 助けようと手を差し出すと、彼女はニッと笑ってその手を掴んでくれた。


「ごめん、本当に蹴っちゃって」

「違う違う、私がわざと当たりに行ったんだよ。その方が臨場感出るでしょ?」

「さすがはプロだね」

「でしょー♪」


 嬉しそうに笑うノエルは、新しいマネージャーさんに声を掛けられると、泥を落としに控え室の方へ行ってしまった。

 撮影するシーンはもうひとつある。彼女の準備が整うまでは暫し休憩時間になるだろう。


「あの、狭間はざまさん」

「ん?」


 名前を呼ばれて振り返ると、朝陽役の子がこちらを見つめている。声の主は彼女だろうか。


「えっと……」

山田やまだ真麻まあさです」

「そうそう、山田さん。どうかした?」

「ノエル先輩とは仲がいいんですか?」

「まあ、同じ学校だしそれなりにはね」

「はっ?! まさか彼氏さん?」

「無い無い。僕みたいなのがアイドルと釣り合うように見える?」

「見えないです!」

「なかなかスパッと言うね」


 真麻は「それほどでもぉ〜♪」と後ろ頭をかきながら笑った後、ちょいちょいと手をこまねきながら顔を近付けてくる。

 そして瑛斗に少し屈ませると、耳元に口を寄せて囁いた。


「でも、ノエル先輩、狭間さんのこと好きだと思いますよ?」

「……どういうこと?」

「さっきのシーン、怪我をした前の子が一度撮影してるんです。もちろん私も映ってました」

「あ、そっか。撮り直しだもんね」

「いえーす♪ でもですね、完璧アイドルなノエル先輩にも弱点がありまして……」

「弱点?」

「知りたいですか?」


 友達の弱みを握るなんて、普通なら許されないことなのだろうけれど、アイドルという存在だと思うとファンとしては断然気になる。

 そんな衝動に背中を押されて頷いて見せると、真麻は緩ませた口元に人差し指を当てながら、見せつけるように舌なめずりをした。


「んふふ、教えてあげませーん♪」

「そこまで言っておいて?」

「じゃあじゃあ、取引きしましょ。弱点を教える代わりにノエル先輩の写真を撮ってきてください」

「写真なんていくらでも売ってるよ」

「あれはのえるたそです。ノエル先輩とのえるたそはもはや別物、プライベートな先輩が見たいんですぅぅぅ!」

「そんなこと言われても、写真なんてこっそり撮ったら犯罪者になっちゃうし」


 秘密は知りたいが盗撮はちょっと……。そんな葛藤に頭を悩ませていると、彼女は何を言ってるんですかと言わんばかりに首を傾げる。


「頼めばいいんですよ、撮らせて欲しいって」

「変な人だと思われる」

「大丈夫ですって。先輩、狭間さんにならあんなことやこんなことでもさせてくれますから!」

「どうしてそう言い切れるの」

「言ったじゃないですか、好きだからですよ」


 確かに好意的ではあるとは思っていたが、それが本当に好きという感情かなんて確かめようがない。

 しかし、いかにもそういう話が好きそうな真麻の方が、瑛斗よりも察しがいいであろうことは間違いないとも思う。


「前の子、なかなかの美少年だったんですよ」

「急に僕を貶めようとしてる?」

「違います違います。二つの演技を見た私には分かるんです、ノエル先輩のやる気が明らかに違うってことが」

「は、はぁ……」

「鈍いですね、ニブチンですね。美少年よりも狭間さんの方が優先度が高いってことですよ」

「そう言われるのは嬉しいけど」

「先輩の弱点はまさにそこ。演技で恋が出来ないと言うところなんです」


 確かに演技での恋人が本物になるなんて話はよく聞くし、それほどのめり込むからこそいい作品が生まれるのかもしれない。

 けれど、ノエルの過去の作品ではちゃんと恋する乙女の顔を出来ていたはず。確かにどの作品を見ても、計算されたように同じ顔だったけれど。

 そう、まるで何かを見て真似たような……。


「待って。まさかとは思うけど、過去の作品に出てたのって……」

「私も先日の暴露を聞いて確信したんです。恋愛シーンだけ、ノエル先輩は妹さんと交代していたということを」

「イヴだったなんて気付かなかったよ」

「画面を通せばそんなものです。けれど、今回は先輩のやる気が違うって言いましたよね」

「……なるほど」


 最愛の人に捨てられながらも、諦めきれずに縋り付く乙女の顔。

 普段なら他の女優さんを見てインプットしたイヴに任せるようなシーンを、今回はノエル本人がやっている。しかも、高いレベルで。

 それの表す意味は、ニブチンな瑛斗ですら考える必要を感じないほどにあからさまだったことは言うまでもない。


「先輩は弱点を克服したんですよ」

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