第49話 憧れの人に頼まれたら断れない

『私を振って!』


 そう言われた時は驚いたが、一体なんなんだと話を聞いてみたところ、思っていた意味とは随分とあやがあることが分かった。

 ノエルが言うには、今とあるドラマの撮影が進められているそうで、人気マンガの実写化だけに放送日も決まっているような期待作らしい。

 ただ、役者が一人怪我で動けなくなり、空いた枠に入れる人を急遽探さないといけなくなったんだとか。

 それならいくらでも候補はあるように思うが、今回のドラマはノエルの事務所に所属するアイドルやタレントのみで役を構成するという裏の目論見があるようで……。


「人気作だけに事務所の力だけで成功させて、成果を総ナメにしよう……みたいな感じ」


 前社長の頃には既に固まっていた計画で、せめてこれくらいは叶えてあげようという動きが社内で起こっているのだとか。

 故に、なるべく他の事務所に応援を頼みたくは無いとのこと。

 それなら事務所内の他のタレントをと考えるのが普通だが、それもなかなか難しいらしい。

 デビューしていない練習生たちも含めて有志者を募り、その全員が既に何らかの役についてしまっているから。

 撮影も始まってからそれなりの時間が経っている。今から誰かを変えるとなると、撮り直しや同じシーンに映っている人への連絡などかなりの業務が発生してしまう。

 そこで、どこの事務所にも関係なくヘルプできる人材を求めているとのこと。

 確かにそんな人間がいれば、バイト感覚で雇えるので楽かもしれないが、演技が出来て条件に当てはまる人なんてなかなか……。


「……まさかとは思うけど、僕にやって欲しいとか思ってたりする?」

「さすが、察しがいいね!」

「頼ってくれるのは嬉しいけど、そう都合よく当てはまるわけないよ」

「性別は男の子」

「当てはまる」

「身長は170前後」

「当てはまるね」

「細身で色白」

「多分当てはまる」

「そして演技が出来る!」

「当てはまってないね」

「なんで?!」


 ノエルは驚いた顔を見せるが、一般人に演技なんて出来るはずがない。ましてや他は全員タレントがアイドル、浮くに決まってる。

 しかし、彼女は瑛斗えいとを誘うだけの理由を持っているらしい。


「だってこの前、すごく上手かったよ?」

「この前って……ああ、ドッキリのこと?」

「そうそう。完全に騙されたもん」

「あれはイヴを助けるために必死だったからね。演技して下さいって言われても、同じようには出来ないよ」

「だけど、私は可能性を見たの! お願いだからもう一度だけやってみてくれない?」


 アイドルに頭を下げさせ、手をスリスリとさせる。それだけでも罪悪感が酷いと言うのに、「代役が見つからないと事務所がぁ……」なんて泣きつかれれば拒むに拒めない。

 話によればノエルの演じるキャラにドラマ冒頭で告白され、冷たくあしらうというキャラのようで、それ以降はほぼ登場無しとのこと。

 演技的な問題は置いておくとして、負担もそれほど大きくは無いようだ。

 それなら手助けするくらいはいいかもしれない。将来、実はテレビに出ましたと言う話が武器にならないとも限らないし。


「わかった。でも、使えないと思ったらすぐに他を当たってね」

「おっけーおっけー! じゃあ、監督にいい人見つけたって連絡しとく!」

「ハードルは上げないで貰えると助かるんだけど」


 瑛斗の言葉が耳に届いたのか届かなかったのか、ノエルは手を振りながらどこかへ行ってしまった。

 それだけなら良かったのだが、教室のドアのところで振り返って投げキッス。

 過剰なファンサにクラスの男子たちの視線が突き刺すようにこちらへと向けられた。


「……お願いだから目立たせないで」


 それからしばらくの間、彼が蛇に睨まれたカエルのように席から動けなかったことは言うまでもない。

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