第45話 アイドル革命

「私、別にやめてもいいんですよ。今なら他の事務所から声を掛けてくれますから」


 ノエルがそう言うと、役員たちはあからさまに動揺した。しかし、社長だけは短い脚を組んだまま動かない。


「やめたところで、俺がストップをかければ誰もお前を拾ってはくれないぞ?」

「それはどうでしょう。柱を失った会社のトップの声はそれほど大きくありませんよ」

「……お前も言うようになったな。だが、メンバーのことはどうする」

「そこが唯一の気掛かりなんです」


 ノエルもただアイドルごっこを続けてきたわけじゃない。メンバーとの信頼関係も友情だってある。

 社長が自分たちを良いように扱える小娘集団としか思っていなくとも、小娘同士には確かな繋がりが生まれているのだ。

 それを妹のためと割り切るのは、不可能ではなくとも出来ればしたくは無い。

 けれど、三人を強引に事務所から引っ張り出すことが得策とも思えなかった。

 だってWASSup調子はどう?の四人はそれぞれファン層が違うから。

 全員をまとめて引き取ってくれて、おまけにこの事務所を敵に回す勇気のある余裕を持った大手も多くはない。

 アイドルなんていつ人気が失墜するか分からない商売だ。言わば株に投資するようなもの、リスクが大きすぎるのである。

 事実、少し人気が出てきた頃にはノエル単独での仕事依頼が多かった。無理を言って四人に変更してもらうこともしばしば。

 今となっては、みんなアイドルとしての風格が出てきているが、あの頃は普通の女の子に毛が生えた程度だったから。


「その気掛かりを解消するため、ここにいる皆さんにひとつ提案があります」

「……提案?」

「そうです。議決してください、私を辞めさせるか、社長を辞めさせるか」


 彼女は言葉にこそしないが、それでも確かに言っていた。自分たちの命運を決めろと。


「社長を残すのなら、私は出て行きます。私を残すなら社長はクビです」

「お前にそんなことを決める権利は無い!」

「私にはなくとも、役員の皆さんにはありますよ。だって、3分の2が望めば社長は引きずり下ろされるシステムでしたよね」

「っ……」

「無投票なんて甘えた選択はなしですよ。無投票が一人でもいれば、私はこれをテレビ局に提出します」


 そう口にしながら机の上に置かれたスマホから流れたのは、イヴが誘拐されたと聞いて笑う社長の声。

 もしもの時のためにと、柴波崎しばさきさんが録音してくれていたものだ。

 これが世間に公開されれば、社長は事件が起きることを知っていながら放置していたということが暴かれることとなる。

 そうなれば本人はもちろん、会社はおしまいだ。どちらを選ぶべきかなんて、考えるまでもない。


「では、私が辞めるべきだと思う人は挙手を」

「「「「「…………」」」」」

「お前たち、私は社長だぞ。お前らにいい給料を与えてきたのは俺だ!」

「社長が辞めるべきだと思う人は――――――」

「クビだクビだ、お前ら全員クビだ!」

「――――――挙手を」


 しんと静まり返った会議室。ノエルを選んだ三人以外の全員が校舎に手を挙げた。

 3分の2なんて遥かに超えている。議決なんてする必要も無かったと思えるような結果だ。


「御三方、怖がる必要はありません。社長に従うのは社会人として普通のこと、私はあなた方もまとめて引き取りましょう」

「お前ら!」

「新しい社長ですが、私が選んでおきました」

「なっ?! 社長は役員から選出されるはず……」

「私が決めたんですよ。何か文句でも?」

「い、いえ……」


 会議は既にノエルの独裁状態。武器でも拳でもなく、笑顔を向ければ誰もが口を閉ざす。

 そんな彼女がパンパンと手を叩くと、ガチャリと開いた扉から男が現れた。


「彼が新社長です」

「……元マネージャーの柴波崎です。ノエル様の任により社長を勤めさせていただきます」

「はい、拍手」


 女子高生に従う大人たちという滑稽な構図。元社長は怒り狂って飛び出して行き、新社長が代わりに椅子に座る。

 これで会社の丸洗いの第一歩は完了。改革はまだまだ始まったばかりだが。


「これからはアイドルのアイドルによるアイドルのための事務所づくりをしますからね」

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