第44話 第三の声
イヴは伝えた。自分がこれまでどんなことをして、どんな気持ちを抱え込んでいたのかを。
昔のように踊れて嬉しかったこと。生まれてきた意味が分からなくなったこと。闇の仕事をさせられて苦しかったこと。
ノエルはその全てを静かに聞いた後、口を閉じたイヴを優しく抱きしめる。
言葉にしなければ分からないからこそのすれ違いだけれど、きっとこの時の二人は分かり合っていたと思う。
光の世界にいたノエルが、ファンに向けていたスポットライトを自らの影に隠れるイヴに当ててくれたから。
「イヴちゃん、私悪いお姉ちゃんだった」
「……ちがう」
「一番笑顔になってもらわないといけない人を泣かせてたんだよ。アイドルもお姉ちゃんも失格」
「そんなこと、ない。ノエル、すごい」
「イヴちゃんが居たからだよ。だけど、もう同じような思いはさせられない」
彼女は何かを決心したように頷くと、イヴの手を握りながら立ち上がって、一番近くにあったカメラの方へと体を向ける。そして。
「私、アイドルを辞―――――――――」
言い終えるより早く、イヴの左脚がカメラを蹴り飛ばす。値段的にも物理的にも重い機体を驚くほど軽々と。
「させない」
「イヴちゃん、どうして!」
ああいう機材は繊細だ。データが壊れていたりなんてしたら、そもそもの契約が無かったことになりかねない。
そう慌てて確認しに行こうとするノエルの腕を、イヴは掴んで引き止めた。
「やめたら、ダメ。ノエル、才能、ある」
「才能があっても、それで妹を傷つけてたら意味ないじゃん!」
「傷付いてない。私、平気」
「今更嘘つかないで。そもそも、社長にあんなこと言っちゃったんだもん。どの道アイドルは続けられないよ」
「だったら、私が、始末する。それなら、続けられる?」
「やめて。もう、イヴちゃんにそんなことさせたくないの……」
お互いがお互いを思っているからこそ起こる意見のぶつかり合い。きっと、どちらも間違っていない。
アイドルを辞めればイヴが傷つかずに済むし、社長さえ居なくなればノエルが辞める必要が無くなる。
けれど、どちらを選んでもどちらかには折れてもらう必要が出てくるのだ。ならば。
「こういうのはどうかな」
提案すればいい、どちらも譲る必要のない三つ目の選択肢を。
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数日後、一部は壊れて使えなくなりはしたものの、例の撮影映像は予定通りドッキリ企画として放送された。
それだけでは足りないと以前から温めていたノエルのソロアルバムの発売宣伝という企画もプラス。
おかげでファンたちはもちろんのこと、それ以外の人からのノエル批判も、『本人は知らなかった』ということである程度落ち着いた。
代わりに事務所へは多くの出演者に迷惑をかけたからと、無関係な人間からのお怒りの電話が殺到したようだが。
それすらも
「ノエル、お前はやらかしてくれたが、今回ばかりは許してやる」
事務所の会議室にて。ノエルは社長を含めた役員たちからお叱りを受けていた。
しかし、引退だとか辞めろなんてことは言わない。いくら怒りを露わにしても、自分たちのポストを守る冷静さは保っているから。
元は弱小事務所だったこの会社を今のように育てたのは社長ではない。ノエルたち
言わば彼女たちはこの事務所の一本柱であり、ノエルはその一番人気。彼女を失うことすなわち会社の終わりを意味する。
だからこそ、それを利用しない手は無い。全ては他のアイドルのため、自分のため、そして愛すべき妹のため。今声を上げる。
「私、別にやめてもいいんですよ。今なら他の事務所から声を掛けてくれますから」
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