第39話 姉と妹
約一週間後の土曜日。今日はついに訪れた作戦決行の日である。
イヴは予定通りノエルの格好をしてテレビ局へと潜り込み、メンバーにもバレないようにこっそりと入れ替わる準備を進めていた。
変装は完璧だ。手首にはマネージャーの
ステージで痛々しい姿を見せるわけにはいかないので、メンバーカラーである黄色に染められた特殊な包帯というこだわりよう。
さすがはアイドル事務所、売るためなら何だってするのだろう。
『行ってくる』
そんなメッセージを受け取った
これから起こすのは『テレビ局をぶっ壊す』ような出来事。不測の事態に備えてすぐに駆けつけられるように近くで待機している。
「
彼女の言葉で顔を上げると、ちょうどノエルの所属する
ちなみにイヴから聞いた話だが、WASSup?のWASSとはW=ウィンター、A=オータム、SS=スプリングとサマーの頭文字を取った造語らしい。
WASSup?のメンバー四人にはそれぞれ季節の担当というものがあって、ノエルは名前にも入っている通り冬担当だ。
季節によってイベントでのセンターが変わるらしいが、現状最も人気があるのはノエルで、リーダー的な扱いをされているとのこと。
無論、そんな情報は今回の作戦に何の関係もないが。少し思い出しただけで。
『WASSup?の皆さんです!』
大物司会者が声高らかに手を振ると、ステージへ向けられたカメラに切り変わって、四人がポーズを取っている様子が画面に映る。
おそらく既にイヴに入れ替わっているのだろう。分かっていても確信が持てないのだから、他の人が見抜けるはずもない。
本人が言っていた通りダンスも完璧で、笑顔もキラキラしている。この奥に感情がないなんて信じられないが。
『素直になるのはまた今度〜♪』
最後のワンフレーズを歌い切り、ステージの中央で四人が集まって決めポーズ。
拍手を受けながらお辞儀をして一旦ステージ裏へ消え、そこでノエルと交代してトークタイムに入る……というのが本来の流れ。
しかし、実際には移動しようとする他のメンバーと違い、イヴだけがステージに立ったままマイクを握り締めていた。
言うのだ、全てを。その覚悟を決めて口を開いた彼女が告発しようとした瞬間だった。
ガシャーン!
何か大きな物が倒れる音が鳴り響いたのを聞いて振り返れば、背後にあったセットがバラバラに崩されてしまっているではないか。
彼女が後退りしていると、瓦礫の裏から複数人の武装した人間が姿を現す。
彼らはあからさまにノエルに扮したイヴへ向かって歩いてくると、銃で彼女の頭を殴って気絶させ、そのまま抱えて連れ去ってしまった。
この様子は全国に放送されている。もちろん、事務所の社長も楽屋のテレビから見ていた。しかし、特に焦る様子も無くコーヒーを啜っている。
「社長、どういうことですか!」
そこへステージ袖から一部始終を見ていた本物のノエルが駆け込んで来る。
彼女の顔は青ざめ、予想外の事態に思考はこんがらがっている。この様子からも分かる通り、彼女はこんな話を聞いてはいなかった。
「イヴが今回ステージに立てば、あの子に厳しい仕事を頼まないようにするって約束したじゃないですか!」
「あんなに使える人材を易々と手放すわけが無いだろう?」
「そんな、酷い」
「一週間前に脅迫文が届いた。生放送に出ればノエル、お前を誘拐するという内容だ」
「え……?」
今回の事件は偶然ではなく、自分の身代わりしてイヴが連れ去られた。
その事実を知ったノエルは、ただ見ているだけだった自分を、社長の甘い言葉を鵜呑みにした自分を憎んだ。
しかし、そんなことをしてもイヴは助からない。探さなければ、人を雇って。
「すぐに動ける人全員にイヴちゃんの捜索を頼んでください!」
「ダメだ」
「どうしてですか?!」
「あの子は単なる複製品。それにターゲットと仲良くしてるみたいだったからな」
「それはつまり、あの子をわざと見捨てるということですか?」
「そうだ、話題ついでに厄介払い出来る。後はノエルがどうやって助かったかを考えるだけだが」
「……」
「ノエル、お前が全員倒したことにするか」
悪気を少しも感じていないような笑顔。それを見た瞬間、ノエルの中で何かが切れた。
アイドルとしての立場も忘れ、胸ぐらを掴んで右腕を振り上げる。
しかし、力を込めたその拳は、いつの間にか背後に立っていた柴波﨑さんに掴まれた。
「……あなたまでそっち側なの?」
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