第37話 それは機械か人間か

「私、お母さんから、生まれてない」


 イヴのその一言に瑛斗えいとは困惑する。だって、彼女はノエルと双子だと聞いていたから。

 別に血の繋がりのない家族なんて今時珍しくない。けれど、顔が全く同じなのに非血縁者だという話は聞いたことがなかった。

 他人の空似にしては奇跡が過ぎる。何か意味があると考える方が自然だろう。

 しかし、顔がそっくりな人間が現れる理由なんてどこを探せば――――――――――。


「あっ」

狭間はざま様、何か心当たりが?」

「ひとつだけあります。けど、現実味が無さすぎてありえないというか……」


 きっと大抵の人は思い付いたとしてもまず切り捨てる選択肢。だってSFやアニメの世界の話だと思っているから。

 けれど、それは実際動物や植物で行われた過去がある。人間に対しては禁止されていたと記憶しているが。

 外見がそっくりで、同じ母親から生まれておらず、まるで機械のように安い給料でいいように扱われるという仕打ち。

 何よりノエルにはせず、イヴにはするというあからさまな差別を考えれば、ありえない選択肢もまさかの領域に食い込んで来た。


「イヴ、君はノエルのクローンなの?」


 瑛斗えいとの質問に、彼女は小さく、それでも確かに頷いた。

 クローン、それは複製する技術。扱いようによっては世界を救う力を持つが、一歩間違えれば真逆の結果さえ導く危険な存在だ。

 それを使ったのがイヴの両親、そして知人が運営する研究機関。彼女が意識を得たのは一見乳酸菌などを調べる企業、その地下にある大きな機械の中らしい。

 イヴはまだ胎児だったノエルの細胞から作り出され、ほぼ同時に生まれた。片や母親から、片やカプセルからという違いはあるが。

 当たり前だが二人は全く同じだった。しかし、クローン作成の際にイヴからひとつ抜き取られたものがある。

 それが感情を覚えるために必要な脳の一部。彼女はその大部分を切除されたせいで、笑わない上に泣かない子になった。

 何故そんなことをしたのか。その答えを知ったのは、ノエルがアイドル事務所に入ることになった幼稚園児の頃。

 まだ甘えたい時期のノエルがレッスンに行きたくないと言えば、代わりにイヴが行かされた。

 オーディションも、エキストラも、子役の仕事も、イヴには感情が無いから行きたくないという気持ちすらなかったのだ。

 ノエルの身代わりになること。それが彼女の作られた理由。

 幸いにも笑顔を作ることは出来た。声も、仕草も、人間関係も。感情を失った代わりに、眼が良くなったから。

 一度見れば忘れない。完璧に真似ることが出来る。だから、誰にもバレない。

 イヴはそうやって自分を殺しながら生きてきた。それが当たり前なのだと、信じて疑いはしなかった。

 けれど、瑛斗を狙い始めて少し変わった。自分を殺そうとする相手に、彼は同情や哀れみの感情を向けていたから。

 今まで鎮圧してきた人間は皆、恐れたり殺意や怒りを抱えたりしたのに。瑛斗の瞳が、頭から離れなくなった。


「私、知りたい、思った。初めて、何かを、求めようと、してる」


 脳が感情を失っても、体の細胞までもが失うわけじゃない。彼女は確かに心で感じているのだ、自らの欲求を。

 だから、絶対的な存在だった命令が崩れ始めた。彼女はクローンなどではなく、確かに一人の人間になったのだ。


「瑛斗、教えて、欲しい。どうして、私を、助ける? お小遣い、あげないよ?」

「人が動く理由はお金だけじゃない。学園の制度も、イヴの両親も、みんな狂ってるんだよ」

「……お金、以外?」

「少なくとも僕はイヴが助けを求めてくれた、だから助ける。見捨てたら後悔するからね」


 きっと、今のイヴには理解出来ないと思う。そもそも瑛斗と同じ思考回路を持たない環境で育ってきたから。

 だからこそ、これから教えてあげたい。家族から連れ出してお助け完了なんて無責任なことはしたくないのだ。

 やるならば徹底的に、黄冬樹きふゆぎイヴというひとりの人間としての生き方を見つけてあげたい。


「僕を信じて欲しい」

「……わかった。瑛斗、信じる」

「あの、私は?」

「メイドの人、投げた。体、痛かった」

「も、申し訳ありません……」

「謝った、許す。メイドの人、仲間」


 こうしてイヴはターゲットであるはずの瑛斗と手を組むことになった。ついでに102トウフさんも。

 しかし、この人数で何かを成すことは難しい。おまけに相手はアイドルとその事務所だ。かなり強敵になる。

 怪しまれては元も子もないので、ひとまずはイヴには帰宅してもらい、これからじっくりと作戦を練っていくことにするのであった。

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