第36話 親とは名ばかりではなくて
「じゃあ、僕が助けることと引き換えに、全部素直に話してくれるってことでいいね?」
「お小遣い、くれる?」
「2000円だっけ? ちゃんと要求した仕事をこなしてくれたらあげるよ」
「了解。
「その言い方は納得出来ないけど」
「部下?」
「そういう問題じゃないよ」
雇われていれば上下関係が成立するのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。
ただ、少なくとも契約という結び付きがある限りは味方でいてくれるだろう。根拠は無いがそんな気がするのだ。
「事務所に雇われたって言ってたけど、お小遣いも事務所から貰ってたの?」
「お小遣い、親から。親、事務所、頼んだ」
「どんな仕事をしてきたのかは聞いても?」
「危険なファン、無力化。プレゼント整理、毒味、爆弾処理」
「……爆弾処理」
「ビルの屋上、投げた。中身、花火だった」
そう言えば、少し前に突然街中で打ち上げ花火が始まったというニュースを見た気がする。
通行人に怪我もなく、皆サプライズか何かだと思って楽しんでいたらしいが、許可が出ていないと自治体は大騒ぎだったそうな。
あれはイヴが関係している事だったとは。しかし、花火爆弾とは危ない人間もいたものだ。
「とにかく、ノエルさんの警護をしてた感じか」
「いえす。昔は、ステージ、上がってた」
「ステージに?」
「顔、同じ。ノエル、ダンス、下手だった」
「代わりに出てたってことかな」
話を聞く限り、それは数年前までのことらしい。踊りが苦手なノエルの代わりに、ダンスなどは全てイヴがやっていたんだとか。
歌はノエルがスピーカーを通して担当し、歌番組などではステージから降りるタイミングで上手く交代していたと言う。
良く誰も気づかなかったものだ。いや、意図的に映らないようにしていたのだろうか。
だとすれば、事務所からテレビ局に圧力をかけていた可能性も考えられる。
「二年前、交代、無くなった。私、ボディガード、専門」
「二年前って、グループが売れ始めた辺りだね」
「ノエル、ダンス、出来るようなった」
「なるほど。必要無くなったのかな」
「……」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだ」
「大丈夫、事実、だから」
イヴは相変わらず無表情ながら、どこか物寂しげに視線を落とした。
誰だって必要ないなんて言われれば悲しいし傷付いてしまう。もしその居場所しか知らなかったとしたら、途方に暮れてしまうほどに。
「イヴ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「どした」
「君はどうして隠さなかったの? お姉さんと同じその顔を」
「……わからない」
「僕はイヴが本当はバレて欲しいと思ってたんじゃないかと思うんだ」
「バレて、欲しい……?」
「そう。自分では気付かない内に、ヒントを残したのかもしれないって」
事実、話を聞いてみれば暴走したファンを鎮圧する時は、同じ顔のノエルがやったと思われないように変装をしていたらしい。
今回同じようにしなかったのは何となくだと言うが、心の奥底で何を考えていたのかは本人にすら分からないだろう。
けれど、確かに心と体は繋がっている。彼女は知らず知らずの内にSOSを発していたのだ、ターゲットである瑛斗に対して。
「もし顔を隠されてたら、ノエルさんの顔を見た時に同じだって思わなかっただろうし」
「確かに」
「ボディガードは助けを求めたくなるほど辛いの? それならご両親に話を……」
「無駄」
「でも、このまま無理をさせられない」
「任務、失敗。怒られる」
「人を脅すなんて任務の方が間違ってるんだ」
「そんな、理屈、通用、しない」
イヴの声色が少しだけ変わる。両こぶしを握り締め、首をぶんぶんと横に振りながら彼女は絞り出すようにそう言った。
親なのに子供の話を聞かないとはどういうことなのか。苦しんでいる我が子を頭ごなしに怒れるものなのだろうか。瑛斗には理解出来ない。
けれど、もっと理解出来ない一言が彼女の口から飛び出してくることになるとは思いもしなかった。
「私、お母さんから、生まれてない」
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