第34話 ヒトには言葉という武器がある

 銀髪の少女を家まで運び、瑛斗えいとの部屋で椅子に縛り付けた。

 傷付けたい訳じゃないが、滅多にないチャンスに逃げられてしまっては、もう二度と姿を見せないかもしれない。

 それに狭い部屋の中では、体の小さい彼女の方が有利だろう。先程の戦闘で肩を痛めたらしい102トウフさんの手間を減らすためにも、こうする他になかった。


「それにしても、黄冬樹きふゆぎノエルとそっくりだね。まるで真似て作られた人形みたい」

「そうですね、動かなければ」

「本当にノエルさんじゃないんですよね」

「はい。本物は今、自宅にいることを別のメイドが確認していますから」

「じゃあ、彼女は……」


 やはり話に聞いていた双子の妹なのだろうか。しかし、ならばどうして彼女は姉になりすまして自分に接触したのだろう。

 生徒情報からも、学園長からのメールからも写真を削除するほどの能力を使って、その姿を入念に隠していたはずだと言うのに。

 なぜ自分の顔が見えてしまう作戦を選んだのか。その切り札をここで使ったのか。

 真の答えを知っているのは、この世に銀髪の少女自身以外に誰もいない。


「んん……」

狭間はざま様、目が覚めたようですよ。尋問は考えさせる時間を与えたら負け、すぐに開始しましょう」

「そうですね」


 102トウフさんの言葉に頷き、まだ目が半開きな少女に詰寄る。

 すると、彼女は状況を理解したのか、じたばたと暴れ始めた。

 ただ、こういうことに慣れているらしい102トウフさんの拘束は簡単に解けない。

 動けさえしなければ恐るるに足らず。成すすべが無ければ、こちらに従う他ないだろう。

 そう思っていたのだが、抵抗をやめた銀髪の少女は何やら口元をムッとさせる。

 不満を表しているのか、それとも威嚇しているのか。そんなことを考えていると、突然102トウフさんが彼女に掴みかかった。


「馬鹿な真似はやめなさい!」


 椅子ごと押し倒すようにしてひっくり返すと、口を強引に開け、引きちぎった自分の服の袖を丸めて押し込む。

 一体どうしたのかと首を傾げていた瑛斗も、銀髪の少女が起き上がらせられてようやく理解が追い付く。

 彼女は情報を聞き出されると悟り、噛み切ろうとしたのだ。自らの舌を。

 創作ではよくある行動ではあるが、まさか目の前で起こるとは思っていなかったために動揺が隠せない。

 何より、目の前の女の子を追い詰めたという事実が恐ろしかった。

 拘束さえすれば何とかなるという考えは、もしかすると浅はかだったのだろうか。


「これは単なる事情聴取、命まで取るつもりはありません。質問に答えてさえくれれば」

「……」

「武器は全て奪わせてもらいました、最終手段も使えない。あなたに何が出来るのです」

「…………」

「だんまりですか、私もよく使いましたよ。ですが、いつも上手くいかない」


 102トウフさんは「何故だか分かりますか?」と問いながら、少女の頭の上に手を置く。

 そして覗き込むようにしながら顔を近づけると、ワントーン低い声でこう言った。


「口を開かない敵は、歩く生ゴミだからです」

「……?」

「生ゴミから得られる情報はありません。むしろ残すリスクの方が大きい」

「…………!」

「つまり、殺s――――――――――」

「待って下さい、102トウフさん」


 スカートの中から取り出したナイフを首筋に当てる彼女に、瑛斗は慌てて止めに入った。

 助けてもらっているとはいえ、これは瑛斗の問題だ。そのせいで102トウフさんの手を汚させるわけにはいかない。

 それに、たとえ自分の命を狙う相手だとしても、瑛斗はどうしても彼女が悪い人間だと決め付けられないのだ。


102トウフさん、僕が話します」

「……承知致しました」


 だから、ちゃんと話すことにした。自分の言葉で気持ちを伝えて、それでダメだと振り払われたら諦めるしかない。

 けれども、理由を知れる可能性があるのなら、瑛斗は手を伸ばそうと思う。

 銀髪の少女……彼女からは感じるのだ。紅葉くれは麗華れいかと同じ匂いを。


「僕は怒ってない。だから、教えて欲しい。君は僕が憎いと思ってるの?」

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