第28話 悪夢は寝ても醒めても消えやしない

 眠らされてからどれくらい経っただろうか。いつ目を覚ましたのかも分からない。

 けれど、瑛斗えいとの目の前には、いつの間にかあの銀髪の少女が立っていた。

 彼女の手にはよく光るナイフが握られていて、慌てて逃げ出そうと振り返った彼の目に映ったのは、何も存在しない真っ暗な空間。

 助けを呼ぼうにも声が出ないし、走り出したい気持ちがいくら訴えかけても、足は前に進もうとしてくれない。

 そうこうしている内に銀髪の少女は忍び寄り、振り上げたナイフを背中に――――――。


「……はっ?!」


 ――――――――そこで目が覚めた。

 突然起き上がったからか、様子を見てくれていたらしい紅葉くれは麗子れいこが驚いたように一歩後退る。


「瑛斗、大丈夫なの?」

「何が悪い夢でも見ましたか?」

「……夢だったんだ」


 あのトイレでの襲撃は、自分で思っているよりも深い傷を心に付けて行ったらしい。

 逃げたくても逃げられないという状況は、夢であっても本物と違わないほどにリアルで、それでいて苦しかった。

 あの子の事情云々を考える前に、襲われない状況を優先するべきかもしれない。これでは夢と現実の区別も付かなくなりそうだから。


「顔色悪いわね。やっぱり、学校は休ませるべきだったんじゃないの?」

「家に居るのもそれはそれで危険です。もし犯人が雇われのアサシンだった場合、家の鍵をピッキングするなんてことは容易ですから」

「だからって連れて来てもどう守るのよ」

「三人のメイドが周囲を警戒しております。掃除道具箱には102トウフも待機していますからご安心下さい」

「……あんなところに?」


 若干引いた目で麗子を見つめた後、同情するような視線を掃除道具箱へと向けた紅葉。

 確かにあの中は汚いし、メイド服が誇れまみれになってしまいそうだが、我が家のドアを破壊した分の報いということにしよう。

 瑛斗は心の中でそう呟きつつ、窓の外に見える木からこちらを監視している別のメイドさんと目が合って会釈をする。

 自分のために働いてもらうのはなかなか申し訳ないが、安全のためにも今は甘えさせてもらうことにしよう。


「二人とも、ありがとう。僕はもう大丈夫だよ」

「だったらいいけど、何かあったらすぐ私に電話を掛けるのよ」

「いいえ、私に掛けて下さい。どのような手を使ってでも瑛斗さんを――――――――」

「あなたはメイドに任せて引っ込んでなさい」

「そちらこそ、縮こまっていて下さいよ」

「言われたくないわね、権力おばけには」

「こちらこそ、ミニマムぼっちさん」

「はぁ?!」

「あぁん?!」


 言い争う二人の様子を、彼は随分と仲良しになったなと思いながら眺めているが、周囲は彼女らの変わりように驚いているようだ。

 つい最近まで独りだった紅葉と、先日までお淑やかなお嬢様だった麗子。二人が取っ組み合いをするなんて、誰も想像できなかったからだろうから無理もない。

 けれど、チラッと黒板に書かれた日付に目をやった瑛斗は、そんなことをしている場合ではないことを思い出してしまった。


「あれ、テストって明日からだっけ?」

「そうですよ。だから、102トウフに無理やりにでも連れてきてもらったんです」

「そういうことだったんだ……」


 確かに前日に大詰めをする科目もある。そこを聞き逃せば、いい点をとってポイントを稼ぐという目的が達成しづらくなるだろう。

 麗子はそういう部分に気を遣って、わざわざメイドさんを送ってくれたのだ。なんとよく出来た友達だろうか。


「ありがとう、麗子」

「ひゃ、ひゃい!」


 手を握りながらお礼を伝えると、彼女は少し照れたように顔を赤らめた。

 そんな彼女の背後で、掃除道具箱が少し震えたような気がしたが、どうやら気のせいだったらしい……多分。

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