第27話 来訪者が何時でも安全とは限らない

 あの後、紅葉くれは麗子れいこは両側からガッチリと瑛斗えいとを挟むようにして帰路に着いた。

 もしかしたら、例の犯人が奇襲をしかけてくるかもしれない。襲うのは一日一回なんてルール、犯罪の世界には無いのだから。

 その日は無事に家に帰ることが出来たが、二人は余程心配してくれているようで、「誰が来ても鍵を開けたらダメですよ」なんてヤギのお母さんのようなことを言って帰った。


「大丈夫だよ、多分」


 確証は無いけれど、銀髪の少女は計画的な犯行だったが故に、すぐには襲って来ないような気がするのだ。

 少なくともこちらが警戒している間は、また同じように失敗する可能性が高い。

 次もそうなれば、新たな証拠を渡すことになる。捕まってしまったら元も子もないのだから、普通はそんなことはしない。

 ……そんな気がするだけだが。


(でも、さすがに疲れたかな)


 その夜、彼は普段よりも浅い眠りについた。おかげで頭は少しボーッとするし、学校に行くのも気だるい。

 昨日の今日で騒ぎが止んでいるなんてことも無いだろうし、変な目立ち方をするくらいならサボってしまおうか。

 そんなことを考えて再びベッドに横になった瑛斗は、インターホンの音を聞いて渋々体を起こした。

 誰が来ても出るなと釘を刺されたが、朝からやってくる犯罪者とは珍しい。

 試しに確認してみたものの、ドアホンに保存された写真には誰も写っていなかった。

 今時ピンポンダッシュをする小学生とは、これまた珍しいこと続きだ。なんてことを思っていると、再びピンポーンと鳴る。

 やはり誰も映っていないが、鳴ったということはボタンが押されたということ。

 まさか本当に刺客を送り込まれたのだろうか。だとすればかなりまずい。

 なにがまずいかと言えば、二階に奈々なながいることだ。争う音を聞けば心配になって顔を覗かせるかもしれない。

 現場を見た事を犯人に知られれば、きっと目撃者諸共まとめて処分される。

 奈々だけは、彼女だけは守らなければ。兄としての本能に急かされ、慌ててドアホンのあるリビングを飛び出した……その時だった。


 べキッ!バキッ!


 そんな異様な音が背後から聞こえたかと思った瞬間、数メートル後ろにあったはずのドアが高速で迫って来る。

 ゴツンと頭の中に鈍い音が響き、気が付けば瑛斗はその下敷きになっていた。

 普段慣れた手つきで開け閉めしているドアが、今は自分を押さえ付ける重しとなる。

 コツコツという足音が近付いてくるのを、彼はただ藻掻もがきながら待つことしか出来なかった。


「……」

「……」


 足音は目の前で止まり、まともに上げられない視界には黒い革靴が見える。

 その上には白いタイツに包まれた足が伸びているようだが、春愁しゅんしゅう学園高校の制服とは明らかにデザインが違う。

 アサシンの勝負服の可能性も考えたが、その人物はドアを軽々と横へ移動させると、白黒の洋服をヒラつかせながら顔を覗き込んできた。


「お迎えに上がりました、狭間はざま 瑛斗えいと様」


 彼女は銀髪でも無ければ制服を着てもいない。綺麗な黒髪の、メイド服を着た女性だ。

 もちろん知り合いでは無いのだが、この無表情には不思議と馴染みがあるような気がする。

 以前にどこかで会ったことがあるのか、それとも例の犯人から感じたのとよく似た危険性を感じさせられたからだろうか。


「えっと、どちら様?」

「私、102トウフと申します。麗子お嬢様の遣いで参りました」

「麗子の? あ、もしかしてお屋敷で雇われてるメイドさんってことですか?」

「はい。無事に学校まで送り届けて欲しいと」

「なるほど。でも、休むつもりなので大丈夫ですよ。少し気分が優れなくて」

「ダメです。私の任務は送り届けること、無事を確認することではございませんので」

「いや、外に出ないんだから大丈夫ですって」

「ドアが無ければ内も外も変わりませんよ」

「……壊したのあなたですよね?」


 102トウフさんは「安心して下さい、修理が得意な者を用意しております」と工具箱を抱えたメイドさんを紹介してくれたが、そういう問題ではない。

 そもそも、ドアがぶつかった後頭部もジンジンと痛むし、頭のクラクラ感も起きたばかりより酷くなった気がする。


「そういう訳ですから諦め――――――――」

「失礼します」


 帰ってもらおう。そう考えて送り返す言葉を発そうとした瞬間、突然伸ばされた彼女の右手に口元を塞がれた。

 ハンカチのようなものを押し当てられ、抵抗しようにも体に力が入らない。

 瑛斗はそのままぐったりと動かなくなり、あっさりと102トウフさんの背中に背負われてしまった。


「手荒な真似をさせないで下さい、まったく」


 彼女はそんな悪態をつきつつ、制服とカバンを探し出して着替えさせる。

 それから家のことは工具箱持ちのメイドに任せると、男子高校生一人を背負っているとは思えないスピードで走り出すのであった。

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