第26話 危険は案外平穏の中に潜んでいる
放課後も一緒に帰るようになったし、メッセージのやり取りだってお互いに気兼ねなく始めるくらいの関係は築けていると思う。
相変わらず二人の仲はあまり良くないようだが、少なくとも彼女たちの中で『卑怯なことはしない』という暗黙の了解はあるらしい。
そう考えれば、仲が悪くともそれほど大きな問題は無いように感じられる。
「じゃあ、ちょっとトイレに行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「ごゆっくりどうぞ〜♪」
見送ってくれる二人に背を向け、小走りで入った最寄りのトイレで用を足す。
スッキリした気分で軽くパンツの中のポジションを直してから、手を洗ってハンカチで水分を拭き取ろうとしたその時だった。
「……ん?」
鏡越しにきらりと光る金属のようなものが振り上げられるのが見え、慌てて身を屈める。
地面と平行に振られたソレは瑛斗の頭スレスレを掠め、切られた髪が数本床に落ちた。
「突然何なの」
「……」
振り返れば、そこに立っていたのは華奢な銀髪の女の子。もちろん面識はないし、恨まれるようなことをした記憶もない。
ましてや背後からナイフで襲われるなんて、複数人と浮気でもしていなければ起こらない緊急事態だ。
「ちょっと、ここ男子トイレなんだけど」
「……」
「あくまで話し合いは拒絶か」
立てこもり事件でも、一番危険なのは話し合いに応じない相手だと言う。
瑛斗が対峙しているのはまさにそんな危険を孕んだ存在だ。声を掛けている暇があるなら、すぐに助けを呼んだ方がいい。
そう判断して息を吸い込んだのだが、それを吐こうとする前に少女の右膝がみぞおちに叩き込まれた。
倒れかける彼の体は彼女の細腕で壁に押さえ付けられ、握り方を変えたナイフの先端を喉元に押し付けられる。
(……殺される)
そう確信した直後のこと。少女は突然ナイフを収めると、開いた窓から飛び出して行った。
数秒経つと二名の男子生徒がトイレに入ってくる。彼女は彼らの足音に気が付いたのだろう。相当耳がいいらしい。
「この前発売した……ん? おい、大丈夫か?!」
「血が出てるぞ、先生を呼んでくる!」
男子生徒たちは異変に気がつくと、すぐに大人を呼びに行ってくれた。
元々傷も浅かったこともあり、おかげで大事には至らなかったが、もし人が来なければ取り返しのつかない事態に発展していたことは間違いない。
それに少女は
保健室に運ばれた後もいつ現れるか気が気でなく、先生に寝ていなさいと言われてもその通りに出来るはずがなかった。
「瑛斗、大丈夫?」
「……瑛斗さん」
放課後、授業が終わってから紅葉と麗子が見舞いに来てくれる。
傷自体は大したこともなく、生活に支障は無いので心配される必要も無い。
ただ、問題があるのは駆けつけた警察も証拠がないため犯人を特定出来なかったと聞かされたことの方だろう。
「銀髪の生徒は三学年合わせて十数人居ます。身長は私と同じくらいで間違いないのですか?」
「そう、だったと思う。けど、突然襲われたからよく分からないんだ」
「恐怖の対象は大きく見えるって言うものね。あなたのせいじゃないわ」
「その通りです。顔を見れば分かるかもしれません、後日警察の方が全員分の写真を用意してくださるそうです」
「きっとそれで捕まえられるわ」
「……そう、だね」
自分を狙う犯人が見つかることは嬉しいし、安心して暮らせるのならそれ以上に求めるものは贅沢だと分かっている。
けれど、彼女は何故わざわざF級の自分を対象にしたのだろうか。ランクやポイントが理由だとは思えない。
男子トイレでの犯行だ、無差別かどうかは分からないが、少なくとも計画的であることは間違いない。
(それに、彼女の目は迷ってた気がする……)
剣筋には一切の雑念が無かったが、彼女の本心もそうだとはどうしても思えなかった。
犯人に同情するなんておかしいことは分かっている。けれど、彼女も何かを抱えた存在なのではないかと考えてしまうのだ。
(見つけよう、後のことはその時に考えればいい)
心の中でそう呟いて、見舞いの品だと紅葉が渡してくれたりんごジュースを飲み干した。
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