第23話 それは誓い、そして呪い
あれからしばらくして、
もう求めるように手を伸ばしては来ない辺り、ある程度水面に浮かんでいた不安くらいは取り除けたのだろうか。
照れたような顔でこちらを見る彼女をこのまま解放してあげたい気持ちもあるが、念の為にもこの質問だけはしておかなければならない。
……彼女のためにも、自分のためにも。
「麗華、まだ死にたいと思ってる?」
彼のその質問に、麗華は僅かな迷いを見せる。今の安心感がずっと続くとは限らない、失った時のことを考えているのだろう。
だったら、根本から解決するしかない。つまり、原因となっている存在に対する復讐だ。
「死ぬくらいなら、自分を傷付けた奴らに仕返しするくらいの覚悟で生きなよ。苦しめてやればいい、自分と同じくらい」
「でも、そんなこと……出来ません……」
「……」
ため息が出るほどに生温い。けれど、彼女はそんな弱さと優しさを持っているから、自分の身を投げたくなるまで独りで抱え込んでしまったのだろう。
勿体ない。才能に溢れ、温情に満ちた彼女を世界から失うのは実に勿体ない。
「だったら、捨てる命を僕のために使って」
「貴方のために……?」
「もし頷いてくれるなら、本当に死にたくなった時に僕が手伝ってあげるから」
「そんなのいけません! 貴方を巻き込んでしまったら迷惑が……」
「そうなってもお釣りが来るんだよ。麗華と友達になれるなら」
「お、お友達になる、ですか?」
訳が分からない。彼女の目はそう言っていた。
けれど、瑛斗の頼みはそのままの意味だ。友達になって欲しい、ただそれだけ。
「どこかに遊びに行ったり、美味しいものを一緒に食べたり、話をするだけでもいい。楽しく生きてくれればそれでいいよ」
「それが貴方のためになるんですか?」
「なるね。というか、僕が麗華を楽しく生きさせる。死ぬ手助けは、それが失敗した時の罰みたいなものかな」
「分かりません。それでは瑛斗さんに得なんて何もないじゃないですか!」
「そこまで言うなら、そっちが納得する得を用意してあげようか?」
「……へ?」
彼は困惑する彼女の腕を掴んで強引に引き寄せると、そっと唇同士を重ねた。
優しく押し当てられただけ。しかし、何が起きたのか理解出来ていない麗華は、丸くした目をキョロキョロとさせている。
「な、なにを……」
「得させてもらっただけだよ。麗華は相手に得がないと信用出来ないみたいだから」
「キスで……た、足りるのですか?」
「麗華は可愛いからね。しばらくは頑張れそうかな」
「その、体が目的では無いと……?」
「そっちが望むなら、キスより先もしてあげていいけど。報酬の前借り段階ではキスくらいがちょうどいいかなって思ってさ」
「……やっぱり訳が分かりません」
「それでいいんだよ。ただ、僕が初キスを貰った女の子を幸せにするってだけの話なんだから」
何も難しいことではない。生きさせる理由を……死なない理由を強引に作っただけのこと。
キスは単なる契約の証。失敗しないという誓い、そして瑛斗自身に対する見捨てられなくなる呪いという意味も込められている。
もっと簡単に表現するなら、きっとこの言葉がピッタリだろう。
「だから、麗華は僕に甘えればいいよ。弱いところも情けないところも、全部吐き出してスッキリすればいい」
彼女は瑛斗の言葉に目を見開いた後、一筋の涙を流して微笑んだ。キスの意味をようやく理解してくれたらしい。
その後、麗華は精神的な疲れが押し寄せて来たのか、彼に撫でられながら眠ってしまった。
そんな彼女を、瑛斗は静かにベッドに寝かせて再び椅子に腰を下ろして見守る。
送り届けようかとも思ったが、家には来て欲しくないと言っていたのを思い出してやっぱりやめた。
いつか彼女が本当に心を開いてくれた時、きっとそのお願いを自ら聞き入れてくれる日が訪れるだろうと信じているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます