第20話 スケープゴート
辿り着いた時先生は席を外していたようで、保健室には誰も居なかった。
突然気を失ったのは、恐怖がMAXまで振り切れてしまった反動だろうか。それとも、何かストレスから身を守るための本能だろうか。
その真相は本人に聞いてみなければ分からないが、彼女も
「……
被虐的な人生を歩む人を見ると、ついつい妹と重ねてしまう。見て見ぬふりをすることが、大罪のように思えてしまう。
きっと誰もがこんな面倒なことに首を突っ込もうとなんてしないのだ。
けれど、彼女たちを見捨ててしまったら、自分も妹を虐めた敵と同じ存在になってしまうような気がするから。
世界中の誰もが敵に見えたとしても、自分だけは絶対的な味方でいなくてはならない。
そのためには、紅葉も麗子も見捨てておけなかった。実に身勝手な善意だ。
「ん……」
自分の醜さにため息を零していると、麗子の目が薄らと開く。
彼女は何度か瞬きをした後、瑛斗を見つけるとにっこりと微笑んでくれた。
けれど、やっぱりそれは蝋で作られたマスクのように見えて、それを引き剥がしてやりたい衝動に駆られる。
「瑛斗さん、ここは?」
「保健室だよ」
「運んで下さったのですね。その、重くはなかったですか?」
「りんご3個分くらいだったよ」
少しおどけたように言ってみると、麗子はプッと僅かに吹き出して、笑いを堪えているかのように肩を揺らした。
ほんのちょっとだけ、蝋が剥がれ落ちたような気がする。ほんのちょっとだけ。
「ふう、おかげで元気が出ました。ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいんだよ、友達なんだから」
「っ……友達……」
励ましのつもりで言ったが、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
それもそのはず。
麗子が屋上へ向かう引き金となったのは、その『オトモダチ』自身なのだから。
「麗子」
「……はい」
「もし良かったら、話してくれないかな」
「何をですか?」
「僕に隠してることだよ」
「隠し事なんてありません」
口では拒否をしても、目や手、体に現れる反応たちは実に正直だ。
一度限界を迎えた彼女は隠すことが苦手になっているようで、目を見つめ返すだけであからさまな動揺を見せてくれる。
「そうやって嘘をつくのは誰かのため?」
「っ……」
ここまで遠回しに攻めてもダメなら、残された手はひとつしかない。
これはまだ取っておくつもりだったが、おそらく今が一番効果のある瞬間だから。
切り札はその価値が最も発揮される時に使うべきなのだ。今を逃せばきっともう訪れない。
「知ってるよ、僕。麗子が二人いること」
瑛斗がそう言った瞬間、彼女は瞳孔まで開いて勢いよく体を起こしたが、疲弊している時にする動きではなかったらしい。
カクッとおかしな首の垂れ方をしたかと思えば、再び仰向けに寝転んでしまった。
「ど、どうしてそれを?」
「もう一人の麗子に会ってたことに気付いちゃってね。彼女、時々学校に来てるんでしょ」
「……はい」
「ずっと考えてたんだ。どうしてわざわざひとりの人間として二人が行動するのか」
「っ……」
「それはきっと――――――――――」
二人の人間が何らかの行動を起こす時、必ずそこに発生するのが利害関係だ。
コレには3つ種類があって、ひとつは無関係、もうひとつは敵対、そして最後が仲間。
両者が協力して同じ目的に動く場合、ここに当てはまるのは仲間という関係になる。つまり、両方が少なからず得をするということ。
しかし、麗子の場合はどうだろう。向こうの麗子がどんな得をするのかは分からないが、こちらの麗子がこれ程苦しむ価値のあることなのだろうか。
それとも、向こうにとってこちらは壊れてしまっても構わない程度なのだろうか。
間違いないのは、この行動によって得られる利益に対して、麗子の背負うリスクが釣り合っていないということだ。
「――――君が麗子の身代わりだからだよね」
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