第15話距離を縮めるなら変えるべき場所はきっとここ
「分からないところは私が教えてあげるわ」
あの後、元気を取り戻してくれた
彼女には悪いが、その申し出はさりげなく保留させてもらって、本題の方へと顔を向けた。
「僕は
「私、ですか?」
「なっ?! 私じゃ不満なの?」
「そうじゃないよ。ほら、教えて貰ったら距離が縮められるかなって」
「なるほど、そういうことなら分かりました」
麗子は小さく頷くと、立ち上がって
随分と距離が近い気がするが、だからと言ってこちらが距離を取れば傷付けてしまうかもしれない。
そう思って動かずにいたのだけれど、右肩にふにっと柔らかい感触を覚えた瞬間、彼は条件反射のように反対側へと逃げていた。
「だ、大丈夫ですか?」
そう声を掛けられてハッとした。自分の意思では無いものに動かされたような感覚に、頭が混乱してしまう。
「ごめん、体が触れたからびっくりしただけ」
「すみません、嫌な気分にさせてしまって……」
「嫌じゃないよ。むしろ嫌な思いをさせたくなくて避けちゃったって感じかな」
「……瑛斗さん、優しいんですね」
麗子は微笑みながらそう言って、瑛斗に手を差し伸べてくれる。彼はその気遣いに甘えさせてもらって体を起こした。
そして、触れない程度の隙間を開けて座り直した彼女に、「あのさ」と話し掛ける。
「どうかなさいましたか?」
「さっき、僕のこと名前で呼んだ?」
「……あっ。本当です、呼んでしまいました!」
「怒ってるわけじゃないから慌てなくていいよ」
「男性を名前でお呼びするなんて。ですが、不思議と呼びたくなる名前です……」
「それは褒め言葉として受け取ればいいのかな」
「そう、だと思います」
何やらよく分からないが、「この名前、ずっと前から知っていたような気が……」と悩ましげな表情で呟く麗子。
不思議な能力を信じている訳では無いが、自然と零れてしまうようなら、別に我慢してもらう必要は無い。
「じゃあ、麗子さん」
「……わ、私を呼びましたか?」
「もちろん。これでおあいこだね」
「男性に名前を呼ばれるなんて初めてです。こんな感覚なのですね」
「嫌だった?」
「とんでもない! ただ、せっかくの機会なので欲を言ってもいいですか?」
「聞ける範囲のことなら」
照れたようにモジモジとした彼女は、何度か深呼吸をして心を落ち着かせると、覚悟を決めたような目でこちらを見つめる。そして。
「麗子って呼んで下さい、呼び捨てで」
そのワクワクとドキドキの入り交じったような声色は、普段お嬢様らしい風貌の彼女にしては珍しく子供っぽい。
けれど、聞いてあげたくなってしまう何かがあった。元よりこれを言わせるための誘導をしたのは瑛斗なのだけれど。
「わかった、麗子」
「……ふふ、嬉しいです」
「紅葉とは正反対の反応だね」
「
「私のことはいいじゃない! それより、イチャついてないで勉強を――――――――――」
「異性を名前で呼ぶのはポイントが高いってさ」
「ああぁぁぁぁ! 言わなくていいじゃない!」
「ふふふ、東條さんらしいですね」
羞恥に悶える紅葉と上品に笑う麗子。名前呼びが出来るなんて、思ったよりも早く距離が縮まった気がする。
勉強会なんて口実だったが、当初の目標を思えば勉強してもお釣りが来るほどの進捗だ。
瑛斗は心の中でそんなことを呟きつつ、笑いが止まらない麗子を怒ろうと歩いてきて、机の足に小指をぶつけて悶える紅葉を慰めてあげるのであった。
「よしよし、痛いの痛いの飛んでけー」
「ぶつけたのは反対の足よ!」
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