第11話 奢られることを望むより、奢りたいと思われる人間機になれ

 パンケーキを完食した後、おしゃべりのために長居するのも悪いからと二人は席を立った。

 少し前から嫌な予感はしていたが、瑛斗えいとはお会計をしてもらってやっぱりかとため息を零す。

 パンケーキと飲み物代二人分合わせて5500円。割り勘したところで2000円をゆうに超える。

 それにこれはポイントのお礼な上に相手は女の子。男である瑛斗が払うというのが、世間の一般的な常識だろう。

 そう考えながら3000円しか入っていない財布を見つめていると、横から割り込んできた紅葉くれはが店員さんに学園デバイスを差し出した。


「学徒ポイントで」

「かしこまりました」


 レジ前の機械にデバイスをかざすと、独特のメロディが奏でられて支払い完了。

 どうやらこの店もポイントの対象店だったらしい。春愁しゅんしゅう学園高校の生徒ならば、そこらの電子決済と変わらない方法で済ませられてしまうのだ。

 おまけに、紅葉によれば電子決済をすることでその一部が『お出かけポイント』という別のポイントとして返ってくるらしい。

 これを貯めると決済にも使えるが、学園の購買部から特別な品を受け取れるんだとか。まるでゲームのアチーブメントだ。


「紅葉、本当に良かったの?」

「ポイントを集めてるんだもの。むしろこっちがお願いして払わせてもらいたいくらいよ」

「だけど、5000円って大金じゃ……」

「私が頼んで着いてきてもらったのよ。その費用を私が払うのは当然のことでしょう?」

「でも、ポイントのお礼だったわけだし……」

「F級の分際で口答えしてんじゃないわよ。あなたは素直にありがとうとでも言えばいいの」

「……そうだね。ありがとう、紅葉」

「ふふ、どういたしまして」


 彼女は嬉しそうに微笑むと、「行くわよ」と店を出ていく。瑛斗もすぐにその背中を追いかけ、隣に並んで歩いた。


「そう言えば、紅葉は何ポイントくらい持ってるの? 結構貰っちゃった気がするけど」

「詳しく見た事は無いけど、1000万円分くらいはあるでしょうね」

「……え?」

「こんなことで驚かれたら困るわよ。S級の最低レベルがそこなんだもの」


「それに、白銀しろかね 麗子れいこは私の数倍持ってるわ」

「あ、そっか。よく他の人と会話してるから」

「S級は他人と交流すればするほどポイントを稼げる。この制度はそういうシステムなのよ」

「なるほど。紅葉には厳しいわけだ」

「その通りだけどなんかムカつくわね」


 ムスッとした紅葉は仕返しと言わんばかりに肘で脇腹をつついてくる。この程度の攻撃なら可愛らしいものだ。

 擽ったがる瑛斗を見てクスクスと笑う彼女を見ていると、やっぱり人を殴ってペナルティを食らったとは思えない。

 そうなのだとすれば、許せないのは嵌めた奴だ。本人はもう気にしていないという顔をしているがやはり―――――――――――。


「瑛斗」

「……ん?」

「どうしたのよ。怖い顔してるわよ」


 彼女に言われて気が付いた。心の内はなるべく出さないようにしていたというのに。

 そんな彼を心配そうに見つめた紅葉は、伸ばした手で優しく背中を撫でてくれた。


「ごめん、何でもない」

「嘘ね。私のために怒ってくれたんでしょう?」

「……そうだよ。紅葉を傷付けた生徒が普通に生活してることが悔しいんだ」

「そう思ってくれるだけで今は十分よ」


 『今は』という言葉がやけに響いたような気がした。隠しているのは瑛斗だけじゃない、彼女だって同じだったのだ。


「いつでも言ってね、友達なんだから」

「ポイントを払い合う歪な友達ね」

「……そうだね、歪だ」


 春愁学園高校の制度はおかしい。二人のように弾き出される人間も居れば、頂点の座を守り続ける者もいる。

 けれど、どんなシステムよりも同じ学生同士が争い続ける社会の縮図の中でも、学園として成り立っていることが何よりも異様だ。


(壊れてしまえばいいのに)


 瑛斗は心の中だけでそう呟いて、帰りの道を談笑しながら進むのであった。

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