第9話 忌々しき限定商品
あの後、
今後の関係のことを考えれば、
しかし、正直彼はまだ彼女のことをよく知らない。良好な関係を築いできたつもりではあるが、完璧に暴力の件が無実という証拠を見せられた訳でもないのだ。
ポイント代わりに殴らせろと言われたなら、自分はそれに従うしかない。
そんな覚悟を決めかねたまま、前を歩く紅葉の後ろに着いてきたのだけれど――――――。
「……ここよ」
足を止めてそう呟いた彼女が指差す先を見てみれば、そこにあったのはキラキラとしたいかにもオシャレなパンケーキ屋さん。
店頭の食品サンプルを見ただけでも、甘い香りが漂って来ると錯覚してしまう程に美味しさが伝わってくる。
確かに一度は来なければ損だと言われても納得出来そうな店だが、どうしてこんなところに連れてきたのだろうか。
何せお願いとやらは瑛斗を退学の危機から救ってくれたお礼のはず。それとパンケーキとが釣り合うとは到底思えない。
「……まさか、食い逃げしろってこと?」
「私をなんだと思ってるのよ、おかしなこと言わないでくれる? 普通に食べに来ただけよ」
「店ごと買い取るとか?」
「さすがにそこまでの財力は無いから。いちいち私を極悪人にしたいようね?」
「……ごめんなさい」
鋭い目付きで睨まれ、頭の中に浮かんでいた数々の悪行候補が一瞬にして消え去る。
どうやら本当にパンケーキを食べに来ることが目的だったらしい。
だが、そこで気になるのがどうしてこんなことをお願いに選んだのかについてだ。
学生ならば宿題を代わりにやって欲しいだとか、あんぱん買って来いだとか色々有意義な使い方があるだろうに。
「パンケーキくらい、一人で食べに来れるんじゃないの?」
「それで済むなら誘ってないわよ。あなた、外装を見て何も思わないの?」
「強いて言うなら入りずらそう、とか?」
「それよ! 私、こういう店に入ったことないの」
「……なるほどね」
紅葉の言葉で大体の状況は読めてきた。
一人では入りずらいなと前から思っていた店に、誘える相手……瑛斗という友達が出来たから一緒に来たいと思っていたのだろう。
ただ、強がりな彼女は普通に言い出すことが出来ず、彼に弱みが出来たタイミングに待ってましたと飛びついたわけだ。
何やらソワソワしていたからおかしいとは思っていたが、まさかこんなにも乙女チックな事情だったとは思いもしなかった。
「それに、食べたいパンケーキがどうしても一人だと頼めないものなの」
「メガ盛りとか?」
「私が大食いに見える?」
「見えない、小さいし」
「一言余計よ」
紅葉が言うには、新作パンケーキとして売り出されている商品には、カップル限定というふざけた制限がかけられているらしい。
故に一人で勇気を出したところで、イマジナリーボーイフレンドでは注文は通らない。そこで瑛斗が役に立つというわけだ。
「僕に彼氏になれと」
「役よ、役。簡単でしょう?」
「僕は構わないけど、紅葉は大丈夫?」
「私じゃ不満だって言うの?」
「そうじゃないよ。周りから僕みたいなのが彼氏だって思われて恥ずかしくないのかなって」
謙遜なんかではない。紅葉は意地の悪い人間に貶められはしたが、S級認定される素質を持っている才能の塊だ。
瑛斗にはよく分からないが、多分顔も可愛い方なのだと思う。ツンケンしてるせいで隠れてしまっているけれど。
そんな女の子が平凡な男子高校生とカップルだなんて、被害を被ってしまわないかが彼は心配なのである。
だが、紅葉は深いため息を零した後、握った拳を軽く瑛斗のお腹にぶつけた。すごく不満そうな表情だ。
「……紅葉?」
「友達って言ってくれた相手を、恥ずかしいなんて思わないわよ。むしろ、私にも友達が出来たことを誇ってるくらいなんだから」
「そっかそっか。余計な心配だったね」
「私を舐めないで欲しいわ。大体、ずっとぼっちだったんだから、今更他人の陰口に対して何も思わないわよ」
「……ずっと一緒に居てあげるからね」
「なっ?! 急に引っ付いてくるんじゃないわよ!」
サラッと悲しい過去の話をする紅葉に瑛斗の方が辛くなってしまって、抵抗する彼女の頭を何度も撫でて慰めてあげる。
そんな攻防がそれっぽく見えたのだろうか。二人は無事にカップルとして店へ案内されることになるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます