第8話 地雷は足元に埋まっていると思え

白銀しろかねさんの家に行かせて欲しい」


 そう伝えた瞬間、麗子れいこの顔から笑顔が消えた。この人はいきなり何を言っているのか、理解出来ないと言いたげに。

 けれど、彼女はすぐに何か察したようにポンと手を叩くと、どことなくぎこちない笑顔を見せた。


「皆さん、仰るんです。私の家が大きいから見てみたいと。あなたもそうなんですね」


 麗子の目は悲しげに背けられ、ただ一言「お父様が友人を招くことに反対しますから」とだけ伝えて立ち去ろうとする。

 瑛斗えいとは何故か心がザワついたものの、呼び止めようとする言葉は出てこなかった。

 今はしつこく追いかけるべきでは無い。そう本能が告げていたのかもしれない。


「あ、白銀しろかね 麗子れいこ


 そんなことを思っていると、廊下の方から馴染みのある声が聞こえてきた。紅葉くれはだ。

 どうやら先生との話はもう終わったらしく、瑛斗のことを探していたようだ。


東條とうじょうさん……」

「随分と暗いわね」

「そう言うあなたは最近明るくなりましたね。以前は自分の席で塞ぎ込んでいたのに」

「べ、別にそんなこと無いわよ!」


 予期せぬ形で盗み聞きしてしまったが、自分が来る前の紅葉はやはり今よりも暗い人間として捉えられていたらしい。

 薄暗い場所でぼっち飯をするくらいだから大方予想は出来ていたが、実際に状況を知ってしまえば尚更彼女から離れることは出来そうにない。


「好きな人でも出来ましたか」

「は、はぁ?! そんなわけないでしょうが」

「ならいいのですが。探している方なら、そこの空き教室にいらっしゃいますよ」

「どうして知ってるのよ」

「……さあ」


 麗子は覇気のない笑みを浮かべると、そのままどこかへ行ってしまう。

 その背中を見送った後、紅葉は言われた通りこちらへとやって来て、本当に瑛斗が居るのを見つけると不思議そうに首を傾げた。


「おかえり」

「おかえりじゃないわよ。私、待ってなさいって言ったわよね」

「もう少し時間がかかると思って、学校探索してたんだよ」

「それは私が教えるんだからいいでしょ。それより、白銀 麗子と何か話してたの?」

「特に何も。家が見たいって言っただけだよ」

「……あなた、新入りだから知らないのね」


 彼女はやれやれと言いたげに首を横に降ると、教室後方からイスをひとつ持ってきて目の前に置いた。

 そこに瑛斗を座らせた後、腕を組んで深いため息をひとつ零す。怒っているようでは無いが、随分と不機嫌に見える。


「あなた、残りポイントはいくつ?」

「ポイント? えっと……あれ、マイナスになってる」

「やっぱりね。あなたにはまだ話してなかったけど、この学園のポイントシステムには特殊な決まりがあるの」

「特殊な決まりって?」

「A級以上の生徒には、聞かれたくない話題をされた時に相手から受け取るポイントを自分で設定する権限が与えられるのよ」

「……つまり?」

「あなたは白銀 麗子のタブーに触れて、大量のポイントを取られたってこと」


 紅葉に言われて気がついたが、確かにプロフィールの一番下に『タブーワード』というものがちゃんと記されていた。

 瑛斗はそれを口にしてしまったため、所持ポイントを全て支払い、不足分をマイナスという形で補われたのである。


「この学園の生徒はポイントがマイナスになると、3日以内にプラスにしなければランクがひとつ下がるのよ」

「そんな話聞いてないよ」

「みんな、マイナスにならないように生活してるもの。これは普通じゃないってこと」

「F級は下のランク無いよね?」

「ええ。だからランクは下がらないしペナルティも無い。けれど、マイナスのまま学年は上がれないから補填しないといけないわ」


 紅葉が言うには、三月末の最終測定でマイナスの場合、E級以上は強制的にランクをひとつ下げられ、F級は留年か退学になるらしい。

 それにF級は下級ランクの相手がいないため、他者からのアクションで稼ぐことがほぼ出来ない。

 要するに、大幅なマイナスになれば学校を辞めるという選択肢がチラつくということ。


「……僕、ピンチってこと?」

「そうね。かなりやばいわ」

「白銀さんに頼んで返してもらえないかな」

「無理よ。あの様子だと変な感じで頼んだのね、相当傷付いたみたいだったもの」

「どうしよう。せっかく入学したのに……」


 頭を抱えていると、紅葉は深いため息を零して瑛斗の肩に手を乗せる。

 それから取引画面を表示させたデバイスをチラつかせると、怪しく目を細めた。


「お願いを聞いてくれたら、私が代わりに支払ってあげてもいいわ」

「……お願いって?」

「先に言ったら面白くないでしょ」


 奴隷のように扱われるのか、はたまた危険なことをさせられるのか。

 真実は実際にその時が来なければ分からないが、今の瑛斗が断れる立場にないことは明らかだった。


「わかった、なんでも聞くよ」

「ふふ、取引成立ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る