第7話 一世一代の大勝負

 紅葉とカナを除いて、現在判明しているS級女生徒は一人だけ。白銀しろかね 麗子れいこだ。

 賭けるとすれば彼女にオールインすることになるが、問題は話題がないこと。

 彼女の学生情報は読み込んだが、趣味やら特技やらは自分とは無縁なものばかりで、実家が大金持ちであるということ以上のネタは掴めなかった。

 何の計画もなしに突っ込んでどうにかなるとも思えないし、以前のようにそれとなく拒絶されるか、最悪二度と口を聞いてくれなくなる可能性だってある。

 しかし、瑛斗はまさに今しかないと思える場面に出くわしていた。

 放課後、紅葉が例の事件の話で先生に呼び出されている間、時間を潰そうと校内を散策していた時のこと。

 今は使われていない空き教室の前を通った時、ドアが少し開いていることに気がついてこのままで大丈夫なのかと確認したのだ。

 すると、中には白銀麗華がひとり。ぽつんと窓の外を眺めながら佇んでいた。

 普段はS級である彼女の周りには、取り巻きとも言える女生徒たちが数人居る。

 そのせいで休み時間も放課後も、様子を注意深く伺うことすら出来なかったのだ。

 しかし、今なら誰にも邪魔されることなく声を掛けられるし、扉を背にすれば会話を拒むことを不可能にすることも出来る。

 ただ、扉に手をかけようとした時、微かに聞こえたため息で彼の気は変わった。

 誰にでも一人になりたい時はある。瑛斗だってそうだ、電気を消した部屋の闇に紛れて心の内をさらけ出したいと思うこともある。

 その時間を邪魔するということは、彼女の心の内側を踏み荒らすということ。決して許されることでは無い。


(今日のところは諦めよう)


 そう思って引き返そうとした彼は、扉を閉めようと取っ手に手を掛ける。この気遣いが仇となるとも知らずに。


「っ……」


 パチッと音がなった瞬間、瑛斗は反射的に手を引っ込めた。静電気だ、少し痛い。

 それだけならまだ運が悪いと済ませられるが、喉から漏れた声は静かな教室ではやけに響く。何だか既視感のある失敗だ。

 こちらの存在に気が付いた麗子は、驚いた目をしながらもすぐに笑顔になって会釈をした。


「あ、ごめん。邪魔するつもりじゃ……」

「大丈夫ですよ。私もそろそろ戻ろうと思っていたので、ここを使いたいならどうぞ」

「そうじゃないんだ。ただ、扉が空いてたから」

「……空いていたのですか?」


 どうしてそんな当たり前のことを聞き返すのか。不思議に思ったが、よくよく考えてみれば分かる事だ。

 HRが終わったのがついさっきのこと。麗子がここへ来たのはそのすぐ後なはずで、つまり瑛斗が来たのとそう変わらない時間になる。

 もし麗子が扉を開けていたなら、静電気はその時に反応していたはず。その場合、瑛斗が触った時にバチッとなったのはおかしい。

 乾燥した冬でもない上に、人が滅多に来ない教室。その扉にそんな早く静電気が溜まるわけが無いのだから。

 まあ、偶然にも反応しなかったという線も無くはないのだろうが、真実は麗子のスカートに付着したホコリが証明している。


「まさか、下の小窓から入ったの?」

「バレてしまいましたか。いつもはここ、鍵がかかっているんです。今日に限って閉め忘れてしまったようですね」

「よくここに来るの?」

「友人との会話の多くは楽しいものですが、時々疲れてしまう時があるので」

「それで誰も入れない空き教室に忍び込んだんだ。白銀さんって意外とアグレッシブなんだね」

「……ふふ、そんなこと初めて言われました」


 口元を手で隠しながら、上品な笑みを零す麗子。瑛斗はこの時、初めて彼女の本当の笑顔を見たように感じていた。

 今ならいける。彼の本能がそう告げると共に、口は自然と開かれる。そして。


「白銀さんの家に行かせて欲しい」


 瑛斗はまっすぐに彼女を見つめながらそう言った。冗談だとは思われてしまわないように、真剣な眼差しで。

 これが彼の博打。小さな一歩を重ねられないなら、大きく踏み出してしまおう作戦である。

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