第4話 嘘と噂と誤解

「私、今ポイントをほとんど獲得出来ないのよ」


 そう言う紅葉くれはに「どうして?」と聞くと、彼女は何度が深呼吸をした後、覚悟を決めたように顔を上げた。そして。


「ペナルティよ、人を殴ったことの」


 彼女の小さな口から出た殴ったという暴力的なワードに一歩後退りすると、赤髪の彼女は「でも、事実じゃないわ!」と慌てて弁解する。

 話を聞いてみると、つい先日何者かが彼女……東條とうじょう 紅葉くれはが低ランクの生徒を虐めているとの告発があったらしい。

 その情報を元に調査をしていた先生が、紅葉が他の生徒の胸ぐらを掴んでいるところを目撃し、ペナルティが課せられたんだとか。

 しかし、彼女は全て冤罪だと主張した。そもそも虐めなんてしていないし、胸ぐらを掴んでいたのも嘘を流した生徒を問いつめていただけ。

 全てはS級を妬んで引きずり下ろそうとする奴らが、寄って集って仕組んだ罠だったのだと。

 だが、数回に渡る抗議も虚しく、先生は数の多い相手側の意見を信じた。結果的に一ヶ月間獲得ポイントが大幅に減らされたのである。

 ランクの高い生徒にはよくあることらしいが、聞いていて気持ちのいいものでは無い。

 ただ、瑛斗にとっては都合のいい話でもある。だって、ポイントが少なくとも交流出来るS級が見つかったのだから。


「……何ニヤニヤしてるのよ。そんなに人の不幸話が面白い?」

「そうじゃないよ。僕、まだポイントが少ないんだ。話すにはちょうど良いなって」

「ちょうど良いって何? 私は別にあんたとなんか話したくないから」

「そう? 寂しい者同士慰め合おうと思ったんだけど。気が合いそうだし」


 ただ、拒まれるなら仕方が無い。「そこまで嫌なら諦めるよ」と立ち去ろうとすると、紅葉は「え、あ、ちょ……」と服の袖を掴んできた。


「なに?」

「あ、いや、別に嫌じゃないって言うか……」

「そう言えば前田まえださんに誘われてるんだった。今からでも仲間に入れてくれるかな」

「っ……じ、時間も無いんだからここで食べて行きなさいよ」


 思った通りエサに食いついた。押してダメなら引いてみろとはよく言ったもので、こういうタイプは押した後に引くと追いかけて来る。

 そこを上手く針に引っ掛ければ、思い通りに釣り上げることだって難しくない。


「それは君から僕へのお願い?」

「は、はぁ?! どうして私がポイントを払ってまで男とご飯食べないといけないのよ」

「嫌なら別にいいんだけどさ」

「わ、わかったから! 欲しいだけ支払うから、せめてもう少しだけここにいて!」


 ここまで引き止められれば拒む訳にも行くまい。ポイントの支払いは基本的に定額だが、デバイスを通じて送り合うことも出来る。

 S級ということはかなり保持しているはずだ。この際、たんまりと要求して……なんてことを思い付いたが、やっぱりやめておいた。

 ただでさえ傷付いている女の子に蹴りを入れる趣味はない。それよりも、仲良くなって色々教えてもらった方が得が多いだろう。


「分かった。自己紹介で聞いたと思うけど、僕は狭間はざま 瑛斗えいとって言うから」

「私は東條とうじょう 紅葉くれはよ」

「紅葉ね」

「ちょっと?! 気を付けなさいよ、異性を名前で呼ぶのはポイント高いんだから」

「それもかかるの? まあ、紅葉はポイント低いから問題ない思うけど」

「あなたねぇ……積み重ねがいずれ大きくなるのよ。そんなんじゃ、すぐに一文無しね」

「その時は紅葉から貰うよ。そうすればまた二人でご飯食べれるでしょ?」

「っ……そ、そんなに私と一緒がいいなら、いくらでも分けてあげるけど……」


 自分で余計なことを言っておきながら、「あ、余ってるからよ! 多すぎて余ってるだけだから!」と言い訳をする紅葉。

 話していて分かったが、この人は本当に悪い人では無いらしい。嵌められたという話も本当なのだろう。


「……酷い人間はどこにでもいるね」

「ん? 何か言ったかしら」

「何でもないよ。それより、隣座ってもいい?」

「もちろん構わないわ」


 瑛斗は心の中に自分の探している人物のことを思い浮かべながら、弁当箱を開けて手を合わせるのであった。


「いただきます」

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