最終話

 晴れて恋人になった僕たちの噂は、瞬く間に学園中に広まっていた。

 S級とF級が交際するなんて前代未聞らしいから、廊下を歩くとチラチラ見られたり、コソコソ話をされたりというのは仕方がない。

 中には僕や紅葉くれはのことを悪く言う声もあるけれど、それを聞く度に彼女が言ってくれるのだ。

 「何も知らないのによく言えるわね」と。

 こういう芯の強いところを僕は好きになったのだけれど、やっぱり僕が守ってあげられる立場にならないとダメだよね。

 人前では強く見えてしまうけれど、本当はすごく傷つきやすいハートの持ち主なんだから。

 そんなことを心の中で呟くようになってから数ヶ月が経った頃、無事3年生に進級した僕はまだ変わらず紅葉の彼氏でいる。

 いや、正確には変わった部分もあるという方がいいかもしれない。だって、以前よりもずっと彼女のことが好きになっているから。


「毎日毎日、よくもまあそんなにベタベタしていられますね」

「全くだよ。せっかく同じクラスになったのに、瑛斗えいとくんとイチャつけないし……」

「……」コクコク

「人の彼氏とイチャつくことに躊躇いがないのもどうかと思うけど?」


 以前に紅葉が提唱した『僕を浮気させたら勝ちの勝負』はまだ続いていて、それでも紅葉のカノジョとして地位は揺るぎない。

 麗華れいかとノエルの気持ちも変わっていないとは思うけれど、やっぱり前よりもどこか手加減をしているような気もするのだ。

 もしかしたら、僕が紅葉を大切に思い過ぎて、他の誘惑に動じなくなっただけかもしれないけれど。


「先生! 宿題で分からないところがあるんだけど、教えてくれねぇか?」

紗枝さえ、その呼び方はやめてって言ったのに」

「あ、そうだったそうだった。……って東條とうじょう先輩、そんな睨まないでくれよ」

「質問なら瑛斗じゃなくてもいいでしょう? 私が分かりやすく教えてあげるから」

「それじゃ意味ないんだよな……」

「どうしてよ」

「だって、先輩を奪い合うゲームしてるんだろ? それならアタイも参加させてもらうからな」


 紗枝がそう言いながら差し出したデバイスの画面には、彼女の写真と左上にはSの文字。そう、彼女は一年生からS級で入学するという快挙を成し遂げたのだ。

 あれだけ自分磨きと勉強を頑張ってきたのだから、実って貰わないと困るところだったけれど。


「S級なら問題ないよな?」

「どこで噂を聞いたかは知らないけど、もうそんな縛りはないわよ。相手が誰であろうと瑛斗を渡すつもりは無いんだから」

「随分と強気ですね、こんなにも敵が多いのに」

「そんなこと言いながら紅葉ちゃん、新しい敵の登場に焦ってるんじゃないの?」

「……」ウンウン

「そ、そんなことないわよ。……ね、瑛斗」


 突然話を振られて一瞬返事を喉に詰まらせた僕の隙を狙って、みんなが一斉に切り込んでくる。

 これには紅葉も対応しきれなかったようで、不満そうにこちらを見つめてきた。

 確かに勝負相手である紅葉が止めるよりも、ここは僕が一言伝える方が効果的だろう。

 でも、やっぱり少し意地悪をしてみたくなるのが男のさが。我ながら性格が悪いけれど、困っている顔も見たくなるのである。


「紅葉が助けてくれないから、もしかしたら僕浮気しちゃうかもしれない」

「…………」

「あれ、紅葉?」


 その時、僕は誓った。こんなにも胸が痛くなるのなら、浮気なんて一生しないし冗談でも言わないということを。


「やっぱり私なんてその程度よね……」

「あ、いや、今のは嘘って言うかさ」

「勝負だから仕方ないわ。みんなそうしてきたんだもの、私だって潔く―――――――――」

「紅葉のこと大好きだなー、うん。めちゃくちゃ好き、世界一好き」

「……ふふ、それが聞きたかっただけ♪」

「騙された……」


 それからしばらくの間、僕が紅葉にゾッコンだという噂が流れたけれど、間違いじゃなかったので訂正しなかったことは言うまでもない。


「私のことがどれくらい好きか、もう一度言ってもらえる?」

「……めちゃくちゃ好き」

「あら、それだけ?」

「せ、世界一好きだよ。僕にだって羞恥心はあるんだから勘弁して……」

「ごめんなさい。でも、私は世界一が聞きたかったのよね」

「……二人きりの時に言うからさ」

「ふふふ、許してあげる」

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