第615話

 綺麗なまん丸のチョコ、三角のチョコ、四角いチョコ、星型のチョコ、ハート型のチョコ。

 色々と作ってみたけれど、やっぱり紅葉くれはの心にあるざわつきを鎮めてくれるものは見つからない。

 いっそのこと瑛斗えいと型のチョコでも作ろうかなんて考えも出たが、それは別の意味でが伝わりそうなのでやめておいた。


「おお、イヴちゃんすごい!」

「……♪」


 そんな言葉を聞いて振り返ってみると、パチパチと手を叩くノエルの視線の先には、チョコの塊を掲げるイヴがいた。

 そのチョコの塊をよく見てみると、なんと先程まで想像していた瑛斗チョコにそっくりではないか。いや、むしろ美化された記憶よりもリアルかもしれない。

 自慢げに胸を張る彼女からソレを受け取ったノエルは、色んな角度からまじまじと眺めてから、過ぎるほどの慎重な手つきで返却した。

 イヴからすれば御茶の子さいさいかもしれないが、他の人からすれば芸術品の領域。傷つけることは大罪だと思っても不思議ではない。


「イヴちゃんはそれをプレゼントするの?」

「……」コク

「そっか、瑛斗くん喜ぶね」

「……♪」


 そんなやり取りを見てほっこりした紅葉は、自分のチョコ作りに向き直る。

 恋愛感情を持ってあれを作れば重いかもしれないが、イヴが友人として渡せばちゃんと思いになる。そんな気がして口元が緩んだ。

 気が付いたのだ、自分らしいチョコを作るのが一番だと。もしもそれで引かれたとしても、東條とうじょう 紅葉くれはの全力を否定するような相手には好かれたいなんて思わない。

 けれど、瑛斗ならそんなことをしない。そんなことをしない人だと知っているから、こうして彼のために悩むことも苦しくないのだ。


「そうよ、深く考える必要なんてなかったんだわ」

「東條さん、どうかされました?」

「何を作ればいいか、ようやく分かったのよ。私は大切なことを見落としていたのね」

「それはつまり?」

「手伝ってくれて助かったわ。あとは自分だけの力でやってみる」

「……私たちはおじゃま虫のようですね」

「そ、そういう意味じゃないわよ?!」

「ふふ、冗談です。東條さんが何を用意するのかは当日までのお楽しみにしておきましょうか」


 麗華はそう言うと、チョコ入りアタッシュケースはその場に置いたまま、「お邪魔しました」と頭を下げて出ていく。

 イヴも瑛斗チョコを丁寧に包み終えるとその後を追い、ノエルも同じく飛び出した。

 そんな3人の後ろ姿を見ながら手を振って見送った紅葉はエプロンの紐を結び直すと、「よしっ」と気合を入れてキッチンに立つ。

 作るものは決まった、やる気も十分。材料も冷蔵庫の中に……うん、あった。あとは自分の本気をぶつけるだけだ。


「瑛斗、私の力を思い知りなさい。ふふふ……」


 ひとり怪しく笑いながら生地の元を作り始めた彼女はまだ知らない。自分の背後にいつの間にか、にやにや顔の姉が立っていることを。


「……くーちゃん♪」


 その後、驚きのあまり飛び上がった紅葉が手に持っていたホイッパーによって、タコ殴りにされる事件が発生したことは言うまでもない。

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 一方その頃、瑛斗は。


奈々ななの好きなチョコの種類?」

「そうなんです。明日プレゼントしようと思って」

「それならチョコバナナで間違いない。奈々、お祭りの時はいつもあれを欲しがってたから」

「……バレンタインですよ?」

「あれ、バレンタインにバナナはあげちゃダメな決まりとかあったっけ?」

「そうれは無いですけど、バナナにチョコをかけるだけなんてなんだか手抜きな気がしませんか?」

「カナは手抜きだと思ったら気持ちも抜くの?」

「それは違います!」

「だよね。気持ちが込められていれば、難しいとか簡単なんて気にしないと思うな」


 彼の「お兄ちゃんの僕は奈々がそういう子だと信じてる」という言葉に、満面の笑みで頷きながら「バナナ買って帰ります」と答えるカナであった。

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