第613話
とある休日の昼下がりのこと。偶然にも道端で出会った
「もうすぐバレンタインですね」
「ええ、もちろん知ってるわ」
「紅葉ちゃんが一番楽しみにしてるもんね」
「……」コクコク
「う、うるさいわね。別に楽しみだなんて思ってないわよ、あんなお菓子業界の作り出した戦略に乗るなんて馬鹿らしいもの」
「口ではそう言っていますが……ところで、その手に持っている袋の中身は何ですか?」
麗華にそう言われると、彼女は肩をビクッとさせて手を後ろに回す。
しかし、先回りしていたノエルに袋を取られてしまい、全員に中身を公開されてしまった。
もとよりそこにあるのが何なのかは全員分かっていたから、この行為自体に意味は無いのだけれど。
「板チョコですね」
「それも赤いやつだね」
「……」ジュル
「イヴちゃん、食べたらダメだよ。これは紅葉ちゃんが大好きな
「瑛斗にだなんて決めつけないでちょうだい」
「他にあげるような相手がいましたか?」
「か、カナちゃんとか……」
「人様の恋人にチョコを渡すつもりですか?」
上手く逃げたつもりが、余計に自分の発言の信憑性を欠落させることになるとは思いもしなかった。
紅葉も心の中で『確かに義理と言えど、
その場にいた全員が何を今更隠そうとしてたんだかという顔をしたせいで、彼女は羞恥心を煽られてしばらく真っ赤になってしまった。
「実は私たちもそれを予測して来たんですよ。一緒に作ろうかなと」
「一緒に? まさか、あなたたちも瑛斗に渡すつもりじゃないでしょうね」
「そうだけど何か問題ある?」
「あなたたちが言ったんじゃない、人様の恋人にチョコは渡せないって」
「それは義理の話です。
「……まあ、そうね」
「そもそも、告白の返事をするまでの瑛斗さんはフリーなので、了解を取る必要なんてありませんけど」
「
ニンマリと笑う麗華の顔に、紅葉は文句を言いたい気持ちをグッと押し殺す。
ここで怒ってしまったら、瑛斗に早く返事をしたいと思っていることがバレてしまう。
余裕ぶってあんなことを言ってしまった手前、そんな恥ずかしいことはカバが逆立ちしても絶対にバレたくなかった。
それに、店に置かれている商品をカゴに入れて持ち運んでいたとしても、レジを通すまでは決して自分のものにはならない。
その道理は瑛斗を巡る勝負においても同じで、承諾というカードで支払いを終え、二人共が恋人であるという共通認識を購入しなければ何も始まらない。
だから、瑛斗は自分のものだという主張は諦めて、快く一緒にチョコを作ることを認めるという勝者の余裕を見せつけることにしたのだ。
「ところで、イヴちゃんも瑛斗にチョコを?」
「……」コレコレ
「ん? チャンチャンの友チョコ特集、これを見て作りたくなったのね」
「……」コクコク
「友達としてなら全面的に認めてあげる。ノエルちゃんとなにか企んでいないのであれば、ね」
「……♪」
「そう、だったらいいわ。私だってイヴちゃんとはずっと仲良くしたいもの」
紅葉の言葉に嬉しそうに肩を揺らすイヴ。その両サイドで『自分は?』とでも言いたげに人差し指を自身へ向ける2人。
その姿に思わず笑みをこぼすと、彼女はそれぞれの頬を軽くつねってから楽しそうに呟いた。
「当たり前のことを言わせないで。ここにいる全員が私の友達よ、ずっとね」
その後、自分で言っておきながら恥ずかしくなった紅葉が、3人を急かしながら足早に自宅へと向かったことは言うまでもない。
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