第609話

 閉じ込められて数分後、ようやく落ち着いてきた紅葉くれはの背中を撫でていると、扉の外から何人かの足音が聞こえてきた。

 急いで助けを求めようと腰を浮かせた瞬間、それらの足音は倉庫の前で止まって何かを外す音のすぐ後に開かなかったはずの扉がスライドされる。

 暗闇に慣れたせいで眩しく感じた逆光の中から現れたのは、心配そうにこちらへ駆け寄ってくる麗華れいかとノエルだった。


「二人とも、大丈夫ですか?!」

「見当たらないと思ったら、こんなところにいたんだね」


 彼女たちは抱きしめ合う僕たちを見ると、何やらお互いに頷いてから倉庫から出るのを手伝ってくれる。

 ずっと座っていたからなのか、それとも暗さで感覚がおかしくなっているのか。足元がふらついていたから助かったよ。

 そう伝えると二人は嬉しそうに笑って、それでも拳を握りしめると「犯人が許せない」なんて自分のことのように怒ってくれる。


「電気まで消すなんて、きっとこれはとんでもなく性格が悪い人の仕業ですね」

「普通電気まで消さないもんね、学校だし」

「そうだよね、電気を消すなんて紅葉が苦手なものを知ってる人物に違いないよ」


 危険な状態から脱したおかげか、紅葉は太陽の光を見上げながら深いため息をこぼしてその場に座る。

 僕はそんな彼女の隣に腰を下ろすと、ほんの少し赤くなっている目元を指先で軽く拭ってあげた。

 それからポンポンと頭を撫でると、麗華とノエルの方を振り返りながら呟く。


「紅葉、すごく怖がってたんだから。謝ってあげてよ、二人とも」


 その言葉に彼女たちは一瞬キョトンとすると、ゴクリと飲み込んでから「「……え?」」と声を漏らす。

 僕からしたらどうしてバレていないと思っているのかが不思議だよ。自分から『電気を消した』って白状してくれたのに。


「分かった理由は電気の件だけじゃない。閉じ込める時に金色の髪が見えたんだ」

「でも、金髪なんてこの学園にはいくらでも……」

「僕がノエルのことを見間違えると思う?」

「……思わないけど」

「あと、僕のカバンに手紙を入れられた人物がそもそも麗華しかいなかったし」

東條とうじょうさんの机には近付いていませんが……」

「イヴに頼んだんでしょ、怪しまれないように」

「ぜ、全部見破られてたんだ……」


 二人は下唇を噛み締めると、悔しそうに唸りながらその場に崩れ落ちる。それから両手を地面につくと、ゆっくりと頭を下げ始めた。

 その様はまるで半〇直樹の名シーンのよう。素直に謝ってくれたところは全く違うけれど。


「どうしてこんなことしたの」

「それは、えっと……」

瑛斗えいとくん、紅葉ちゃんと喧嘩してたでしょ?」

「……いや、してないけど」

「なんだか気まずそうにしてる瞬間がありましたし、距離だって離れてましたよ?」


 麗華の言葉に、僕は紅葉と顔を見合わせて苦笑いをする。確かに自分たちでもそういう瞬間があることには気が付いていた。

 ただ、それを喧嘩していると捉えられるとは思ってもみなかったのだ。だって、事実はその正反対なのだから。


「紅葉、打ち明けてもいいかな」

「私はあまり推奨しないけれど。こうなったら仕方ないわね、勘違いでまた暴走されても困るもの」

「ありがとう。僕、二人に伝えなきゃいけないことがあるんだ」


 僕がそう言うと、二人は何か嫌な予感を察したように表情を強ばらせる。

 喧嘩中の僕と紅葉を仲直りさせようとしてくれていたのだ。きっと、これから告げられることが何なのか、夢にも思っていなかったと思う。

 それに優しい彼女たちを傷つけることになるのは間違いないし、僕だって気を抜けば声が震えそうなくらい言うのが怖い。

 けれど、この一件で紅葉に向ける気持ちが揺るぎないものだと確信できたから。

 今までのお節介や罪滅ぼしなんかじゃなくて、僕の本心が伸ばされていない彼女の腕も掴んで引き寄せたいと思えたから。


「僕は紅葉のことが好きなんだ。告白して、振られたよ」


 ようやく、隠す必要なんてないと割り切れた。例えどんな結果になっても、僕は胸を張ってこれを恋愛感情だと言えたのだ。

 ……案の定、目の前の二人は口を開けたまま固まって動かなくなってしまったけどね。

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