第608話

 始業式から2週間が経った頃、僕は何者かからの呼び出しを受けていた。

 というのも、いつの間にかカバンの中に入っていた手紙には差出人の名前が無かったのだ。

 今日はノエルたちも来なかったし、机に近付いてきたのなんて麗華れいかくらいしか居なかったと思うんだけどね。

 彼女なら隣の席なのだから直接伝えるか、もしくはメッセージで送ればいいだけのはず。一体誰がこんなことをしたんだろう。

 僕はそう思いながら指定された場所に到着する。ここは体育倉庫の中、近くにあったスイッチを押してみると電球一つだけが淡い光を放ち始めた。

 鍵は開いていたけれど、誰かがいる気配はしない。少し埃っぽいからあまり長居はしたくないなぁ。

 そんなふうに思いながらバレーボールの入ったカゴに触れていると、背後から「瑛斗えいと?」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「あれ、紅葉くれは?」

「どうしてあなたがここにいるのよ。もしかして、手紙の差出人って瑛斗だったの?」

「いや、違うよ。僕も手紙をもらってここに来たんだ。ほら、こんなのがカバンに……」


 僕たちはお互いに手紙を見せ合うと、『瑛斗』『紅葉』という名前の部分以外は全て同じ文章であることに気がついた。

 これは二枚の差出人は同一人物だと考えていいだろう。手書きではなく活字にしているのは、書く手間を省くためか、もしくは字の癖を隠すためか。

 とにかく、待ち人が来ないのならここにいる必要は無い。そう思って扉の方を振り返ったその時だった。


 ガタン!


 ついさっきまで開いていたはずの体育倉庫の扉が勢いよく閉じてしまう。その衝撃と大きな音で、紅葉が体をビクッとさせてしゃがみ込んだ。

 あれは押して開くタイプではなくてスライド式だ。おまけに錆び付いているから風で押されて……なんてことはありえない。

 つまり、扉の外にいる誰かが意図的にやったことになる。中に僕たちがいることに気が付かなかったのだろうか。


「あの、まだ中にいます」


 そう声をかけながら扉を拳でドンドンと叩くが、既に立ち去ってしまったのか返事はない。

 ただ、落ち着いて状況を整理し始めた僕にはとある確信があった。それはこれが事故ではなく、何者かによる策略であるということ。

 なぜそう思うのか、それは扉を閉めた後に聞こえたはずのとある音が聞こえなかったからだ。


「鍵はかかっていないはず。ということは、何かで開かないように固定されたんだね」


 もしこの推測が正しければ、犯人は扉を閉じてから左右のどちらか一方に移動し、物体を移動させて扉にストッパーを付けたことになる。

 自分がガタンという音のすぐ後に駆け寄って開かないことを確認しているという事実を合わせると、単独では不可能だということが分かる。

 何者か……おそらく僕たちへの手紙を書いた人物は、複数人でこの計画を実行したのだ。相当な恨みを買った可能性があるだろう。


「紅葉、大丈夫?」

「え、ええ。少し驚いただけよ」

「良かった。まだ電気があって助かったね、紅葉は暗いところが苦手だから」

「ほんとうよ。これが無かったら―――――――」


 そんなたらればの話をした直後、まるでビーチフラッグのようにたった今立てたばかりのフラグが回収された。

 分かりやすく言えば、彼女の頭上にあったたったひとつの電球がプツッと微かな音を立てて切れてしまったのである。

 それを見た紅葉はキャッと短い悲鳴を上げた。一瞬にして辺りは暗闇に包まれ、心做しか気温も下がったような気さえする。

 僕は彼女の体を抱きしめるようにしながら背中を撫でてあげると、そのまま抱えてマットのある場所へと移動した。

 突然切れた電球は、もしかすると割れるかもしれない可能性を考えると、下に座っているのは危険だと思えたから。


「な、何も見えないわ……」

「紅葉、大丈夫。目が慣れれば少し見えるようになるから。僕もそばに居るし、安心して」

「こんなに頼もしいなんて瑛斗らしくないわ。べ、別の誰かが私を騙そうとしてるのよ!」

「それは心外だよ。見えなくても分かってくれると思ってたんだけどなぁ」


 そう肩を落としながらそう呟いたものの、紅葉にとってはこの場所にいることは絶望に包まれているのと同義。

 例えパニックになって僕が僕であるか分からなくなっていたとしても、頼れる存在がいれば縋りたいのだろう。

 何かを探すようにぺたぺたマットを触る姿が薄らと見えると、僕は彼女の腕を掴んで抱き寄せた。


「見えてないんでしょ。だったら、僕じゃなくても僕だと思い込んで頼ってよ」

「……ばか」

「自分でもそう思う」


 ぎゅっと掴まれた背中が少し痛かったけれど、ただただ彼女に安心して欲しくてずっと抱きしめ続けたことは言うまでもない。

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